男たち

PCに向かって中々進まない原稿書きに唸っていた数日前の深夜一時、携帯が鳴った。
「もしもしー、もう寝てた?」
「起きてたよ」
「もうちょっとしたら帰るけどー、なんか買ってってほしいものある?酒とか」
「えっとねぇ、ビールがいいな」
「へーい、じゃあツマミ適当に買ってくわ」
「よろしくー」
夫からの電話ではない。別の男。
三十分くらいしてそのT氏が、酔っぱらった夫を伴って
「ただいまー」
と家に入ってきた。
年末に泊まってから、一週間に一回くらいうちに「帰って」きている。もしかすると夫が「一人で帰るの嫌だ」とか「もっと一緒にいたい」とか駄々を捏ねているのかもしれない。T氏はいつも一時間くらい飲んで喋ってそこらで夫と一緒に寝てしまい、朝早くお帰りになる。
彼は夫より五歳ほど年上で、だいぶ前に奥さんを亡くし今は独身。彼女はいるが、結婚する気はないらしい。


夫はT氏の店の常連である。一週間に二回くらい飲みに行っている。私は十日に一回くらい。
T氏とは私も仲良しだが、夫は異常に仲がいい。毎日のように電話しあっているようだ。
昼から仕事のある時はランチもやっているT氏の店に寄って、「仕事行きたくねー」と散々愚痴を垂れてから行き、翌日休みの時は仕事帰りに必ずT氏の店に寄って「こんな人生、飲まなやっとれん」と愚痴を垂れ、客がいなくなって閉店近くなると「そろそろ閉めよか」と、自らさっさと暖簾をしまって灰皿などを片付け出すのである。その後二人で飲みに行きたいから。
T氏からそう聞いた。


彼の前では夫はいつも大変機嫌がよく、普段に輪をかけてどうでもいい冗談を連発している。なんか一言言うたびにカウンターの中のT氏をチラッと見て、突っ込んでくれるのを待っている。かまって光線出しまくり。
T氏は非常に頭の回転の早い人でいつも間髪入れず的確なツッコミが入るのだが、夫の冗談があまりにもワンパターンでくだらないので、時々無視している。無視された時の夫は若干淋しそうだ。
T氏に「いちいちこっちを見るんじゃない」「あんたね、そんなことばかり言ってるともう遊んでやらんよ」などと邪険にされると、夫は従順な飼い犬のような目でじーっと上目遣いにT氏を見る。
「またそういうポチみたいな目して。ハウス!」
もともと犬に似ている男だが、T氏の前ではほんとに犬にそっくりだ。シッポを振っているか、ワンワン吠えているか、シュンとしているかの3パターンしかない。


私から見ると、夫はT氏の掌で転がされている。T氏も反応が直裁な夫が面白いのだろう。彼らが二人で時々行くスナックのママには、「あなた達、どういう関係?」と言われているらしい。
「○○君(夫のこと)みたいにわかりやすい人は初めて見た」
とT氏は私に言った。しかし夫に言わせると
「いつもあっちから電話してくるよ。まあ時々遊んでやらんとな」
遊んでもらってるのはあんただって。


仕事が終わってご飯も食べず夫のカラオケに付き合っていたT氏は、夜食代わりにコンビニで買ってきたヤキソバの包みを開いた。私の家の居間には夫の趣味で囲炉裏が切ってあるので、そこに火を熾しブライパンにヤキソバをあけて軽く炒め直すことにした。
夫はいそいそとキッチンに立って、ハムを短冊に切ってヤキソバに混ぜ、かいがいしく世話を焼いている。
「ちょっと、サキちゃん(私のこと)のグラス出てないよ」
T氏は夫に対して"亭主関白"である。
私はアーティストについての原稿を書いている最中だったので、鮨職人のT氏とアーティストと職人の違いについて、ビールを飲みながら議論した。長年職人をしてきた人は、何についても一家言あるので面白い。
その横で、じっとヤキソバを見守る夫。
「それ、僕のだからね。あんたにはあげんよ」
「わかってるよ」


しかしヤキソバを食べ出したT氏を夫がしつこく見つめるので、T氏は手を休めて言った。
「なに、欲しいの?」
「ちょっと一口」
「あんたいつもそれだね、僕がなんか食べ出すとちょっと一口。しょうがないなあ、ほれ」
T氏はヤキソバを箸でつまみ、夫の口に放りこんだ。夫は嬉しそうに食べた。犬そっくり。というか誘い受けか。それを目を細めて見るT氏。‥‥あなた達、どういう関係?