個人的と言えば個人的で

個人的でないと言えば個人的でないことで、これは書いていいのかよくないのか、むしろ書いとかないといけないことなのかずっと迷っておりまして‥‥ええい、前置きはいいからさっさと言いやがれ!
はい。
実は、去年5月初めて私が本を出した出版社であるところの夏目書房が、10月初めに不渡りを出し業務停止となりました。以下の「新文化オンライン」のニュース記事(10/4)は、その翌日知人の編集者からのメールで知ったものです。

夏目書房が業務停止
10月3日に1回目の不渡りを出し、4日で業務を停止することを説明した夏目純社長による文書を関係者に配布。3年前から売上げが減少し、社員への給与も滞る状態だったことなどを説明している。債権者などへの今後の対応については「現在は弁護士費用もままならない状態のため、直接おうかがいするか、債権者集会を開かせていただくかして、経緯と負債についてお話させていただきます」としている。1992年7月創業。99年刊行の『「買ってはいけない」は買ってはいけない』は50万部のベストセラーとなった。


事実上倒産です。私の本は絶版となりました。書店での流通も止まります。他で再版の予定は今のところありません(amazonではまだ扱っているようです。マーケットプライスもかなりお安くなってます。未読の方はお早めに‥‥!)
厳しい出版業界のこと、弱小出版社は生き延びるのがなかなか難しいということですね。経営状態がかなり苦しいのは編集者から伝え聞いておりましたが、いきなり倒産でびっくりしました。
思えば昔、美術作家をしていた時、私が展覧会をしたギャラリーは既に5つも姿を消してます。商売は志があるだけでは続けられないとはどこの世界でも同じことですが、本を出した後わずか一年余でなくなるとは、まさにこの世は諸行無常


実は印税の支払いが全額済んでいなかったので、私は債権者になりました。発行部数が少なかったこともあり、被害額はそう大したことはないのですが(それでも結構当てにしていた!)、本がかなり売れて大口の債権者になってしまわれた方もいたとか。しかも債権者集会が実際に開かれるかどうかの見通しもない。
担当の編集者の方は、こちらが申し訳ないくらいに悪がっておられました。私が申し訳なく感じる必要は全然ないのですが、書き手と二人三脚で仕事をする本の企画者たる編集者としては、それは言葉にし難い忸怩たる思いがあるに決まっています。


編集者も正確な状況を把握するのが難しいような状態で、破産ではなく任意整理(破産宣告をされると、弁護士が裁判所から破産管財人に選任され、残った会社財産を整理した上で、債権者がその債権額に応じて残余財産の分配をする。任意整理の場合は破産手続きよりも柔軟な手続で進められるが、大口の債権者が同意しないと先に進まない。以上、知人の法学の先生から教えてもらいました)ということになりそうなものの、印税は「一般債権」で優先権がない(優先的な弁済を受ける債権の後の支払いが終わった後、残余財産から債権額に応じて平等に分配を受ける)ので、他の業者を含めた債権者のことを考えると、差し押さえることができるかはわからず、いずれにせよこのまま放っておくとうやむやになる恐れがあると言われました。
いろいろ法的手段も考えましたが、結局私は同月末に債権を放棄しました。こういう場合の債権の全額回収は、通常は難しいようです。できても2、3割。そのための時間と手間と費用を考えると、私の場合は手を引いた方がマシという判断です。夏目書房からの公式な連絡は、結局一度もありませんでした。(追記:12月17日に債権者集会開催の通知が来ました。参加はしませんが‥‥)


倉庫会社に眠っている残りの本は、いずれ廃棄処分になると聞き、数百冊をかなりの割引きで買い取りました。私はその本を授業の副読本にしてますので、買い取ったのは来年の授業の分です。自分で学生に売りさばきます。まあそれで残りの印税分はなんとか取り戻せる見込みです(例年通り学生が集まればの話ですが!)。仕事の関係と本の内容上たまたまそういう方法を取れただけで、普通だったら泣き寝入りです。


今年出した本が結構売れているのに、そのまま大口の債権者になってしまった書き手の印税は、なんとその編集者の方が負担なさったそうです。彼が担当していて印税未払いの人は複数いるらしいのですが、とりあえず一番割りを食った人を何とかせねばということで。本来ならその責任を引き受けるべき社長も(どうしているのか知りませんが)今や当てにできないし。「担当者がそこまでする義務があるのですか」と訊きましたら、「いや。もう仁義としか言えません」。
やれやれ、この本が去年二百万部とかの超ベストセラーになっていたら、当面の倒産はまぬがれて著者も正当な印税を手にし若い編集者が自腹を切ることもなかったのに‥‥と、自分の本を見ながら一瞬「あんた何様?」な妄想をしました。でも結局は経営の見通しが甘かったのですから、いずれダメになったかもしれません。
ただ、所詮は売れてナンボ、潰れればそのままうやむやになりがちな業界で、そういう仁義を切る人が「純愛とは任侠である!」という帯のコピーを作ってくれた私の本の担当者でもあったことを、少し嬉しく思いました。その方も半月ほど前、新しい出版社に入られたと聞きました。


さて次の本は、別の出版社から来年2月頃に出る予定です。今度はテーマがガラリと変わります。近くなりましたらまたここでお知らせ致しますので、どうぞよろしく。


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