「反省の日」に(レイプとレイシズム)

沖縄駐留米軍海兵隊員による女子中学生暴行事件について、あちこちで記事が上がっているが、二つ論点があるように思った。


一つは産経新聞客員論説委員花岡信昭氏の記事中の、

 「知らない人についていってはダメ」。筆者などの世代は子どものころ、親から口うるさく言われたものだ。

 米軍基地が集結する沖縄である。夜の繁華街で米兵から声をかけられ、バイクに乗ってしまう無防備さ。この基本的な「しつけ」が徹底していなかったことは無念、という以外にない。

について、セカンドレイプに等しいという批判。
「男性は女性をレイプしうる性である」ことは、間違いない。しかしだからといって、「無防備な女性はレイプされても仕方ない」とは言えない。それは加害者の言い分である。花岡氏の論調の底には、「しつけの不徹底」にかこつけた加害者=性差別者の言い分が透けて見える。だから批判の的となった。


もう一つは、アジア差別が根幹にあるのではないかという点だ。


以下は、18日の毎日新聞ウェブサイトに掲載された発信箱:欧州からみた米兵事件=町田幸彦(欧州総局)の記事から。

 どうして駐留米軍はヨーロッパで規律がしっかりしているのに、アジアの一角・日本になると米軍関係者の凶悪事件がなくならないのか。

 例えば、英国にも駐留米軍約1万人がいる。でも「米兵やその家族による事件など聞いたことがない」と周囲の英国人は言う。無論、沖縄で起きた悲惨な事件が他国でも……という話はあってほしくない。

 1995年、沖縄で12歳の少女を米海兵隊員3人が暴行した事件があった。そのころ筆者は内戦がやまないボスニア・ヘルツェゴビナ(欧州南部)にいた。平和維持軍に派遣された米兵たちは率直に言って欧州の部隊より規律に気を配っていた。

 当時、欧州最大の駐留米軍(6万8000人)を抱えるドイツで日本のような米兵不祥事がないか、ドイツ在住の友人に尋ねてみた。返事はやはり、「そんな事件は聞いたことない」。


情報ソースが曖昧などの疑問も投げかけられたが、この記事は私が参加しているジェンダースタディーズ系のMLでもいち早く紹介されており、「実際のところどうなのだろうか」という問いに対して、ドイツ在住者の「たしかに、ドイツではそういう事件については聞いたことがない」という意見がポストされていた。
その理由として挙げられていたことを要約すると、
「レイプ犯罪抑止力として、政府管理の公娼制度がなんらかの役割を果たしてきたかもしれない。そういう施設は減少しているが、基地周辺ではグレーゾーンの売春が多い。」
しかし実はドイツでも同様の事件が起きているとしたら、
「ドイツには朝日や読売に比べられるような全国紙がなく(ゴシップ中心の大衆紙はあるが)、地方新聞が一般的であり、強姦事件というのはよほど凶悪でない限り、ニュースバリューが低いので報道されない。」


国際関係の軍事化問題について、フェミニズム観点から研究しているシンシア・エンロー氏の意見も紹介されていた。要約すると、
「この事件はアメリカでは『ニューヨーク・タイムズ』に小さな記事が出た程度でテレビの報道はなく、一般には知られていない。またイギリス、ドイツ、イタリア、スペインで米兵が同じような事件を起こしたという話は聞いたことがない(しかし、ないということの証明にはならない。地元有力者のもみ消しなどの可能性も)」


その他では、「アジアの状況は植民地的だ」と指摘する、「2007年日本平和大会in沖縄 国際シンポジウム」でのパネリストの発言が引かれていた。

 日本では1954年から2004年までの在日米軍の事件・事故は201,481件。死者は1,076人にのぼる。犯罪が多発した直接占領下時代の沖縄をふくめた性犯罪は、500件以上になる。韓国では2001年から2003年までの3年間だけでも、性的暴行事件は、232件に達する(Stars and Stripes, Pacific Edition, June 26, 2004)。2005年11月1日、フィリピン、スービックで22歳の女性への暴行事件がおきたが、そのスービックとクラークでは1980年から1988年までに、3,265件の米兵犯罪が告発されている。そのなかには15件の子どもと82件の女性に対する性的虐待が含まれている(フィリピンの女性団体連合・ガブリエラ・事務局次長ラナ・リナバン氏)。
 ヨーロッパでは、基地周辺の凶悪犯罪はきわめてまれであり、アジアの状況は、植民地的といわざるをえない。しかも、日本をはじめアジア各国が米軍の地位について取り結ぶ協定(地位協定)は、米軍による米兵被疑者の保護が優先される不平等なものとなっている。
http://www.heiwataikai.info/07taikai/07simpo/kawada.html


警察に届けられ報道されたものによってしか事件件数の比較はできないので、データとして正確なところを知るのは難しいようだが、駐留米軍のレイプ犯罪は、欧州よりも日本、アジアの方が多いという見方が多い。


ネット上では、「米兵の事件が大きく報道されるのは、地位協定のため」という指摘もあった。
米軍との地位協定の中身は、受け入れ国によって異なっている(こちら参照)。それは、アメリカにとって欧州に駐留する米軍と、アジア地域に駐留する米軍の意味合いが異なるからだ(こちら参照)。つまり、アメリカの軍事戦略から見て、欧州の駐留軍の重要性は以前より薄れており、日本、韓国といったアジア地域におけるそれは増している。
となれば、日本に駐留している米軍兵士には、より一層の規律が徹底されていなければならないことになる。なのに、なぜ日本での事件が目立つのだろうか。


http://ja.wikipedia.org/wiki/在日米軍」によれば、在日米軍総数の48%を海兵隊が占めている。沖縄では60%が海兵隊。欧州の駐留米軍は、その他の三軍(陸・海・空)が中心。そして、沖縄における米兵の凶悪犯罪は、ほとんど海兵隊員によって起こされてきた。
海兵隊は、米軍最強の精鋭実戦部隊である。四軍の中では、抜きん出た戦闘力を誇ると言われる(こちら参照)。
ここから、優秀な殺人集団の一員であることと、犯罪率とを結びつける見方もあるようだ。だから海兵隊員の多い沖縄で、事件が起こりやすいのだと。
でもそれだけで説明がつけられるのだろうか。


こうした中で、また駐留米軍によるレイプ事件が発生した。

比女性暴行容疑で米兵拘束 中学生被害後、新たに事件 
2008年2月21日 02時09分


 沖縄に駐留する米陸軍の隊員が、女子中学生暴行事件が起きた後の今月中旬、沖縄県内でフィリピン人女性に暴行した疑いで米軍当局に身柄を拘束されたことが20日、分かった。女性は沖縄県警に被害届を出しており、県警は近く強姦容疑で逮捕状を請求する方針。
(以下略)
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2008022001000808.html

レイプ犯罪は、内面化された性差別意識から来る。そしてアジア、日本での、米兵によるフィリピン人や日本人女性へのレイプにはおそらく、性差別にアジア人差別が加わっている。むしろアジア人差別がレイプの温床になっていると言った方がいい(日本がかつて植民地とした朝鮮、中国でしたことを考えれば)。
地位協定一つとっても、アメリカは日本に対して優位性を保ってきた。アメリカが深層心理で、日本を含む東アジアを「植民地」と看做しているとしたら、それが一人の在沖縄海兵隊員に内面化されていても不思議ではない。
在日米軍のアジア人女性に対する性犯罪については、性差別意識とアジア蔑視との二つを重ねて見なければならないと思う。(追記3を参照のこと)


20日在日米軍は沖縄駐留軍関係者に当分の外出を禁止し、22日を「反省の日」として全国の基地で倫理教育を行ったという。
そんなことでもしないよりした方がいいが、実効性は疑問だ。根深いレイシズムがあり、それが性犯罪と結びついている限りは。



●追記(2/25)
毎日新聞町田記者が読者の反応に応えている。
発信箱:欧州の米兵事件=町田幸彦(欧州総局)毎日新聞 2/25 0:08)

沖縄での米兵による女子中学生暴行事件に関連して、欧州で 「米兵の凶悪事件を聞いたことがない」と話す知人の話を18日付本欄に書いた。その後、欧州でも米兵の強姦(ごうかん)事件 があったという読者の指摘をいただいた。確かに過去に事件はいくつかある。伝聞に終わらせず十分確認すべきだった。以下、実例を挙げる。


 英ヨーク地裁は06年7月、米空軍・軍曹(34)に対し、地 元施設の14歳、15歳、17歳の女性3人を強姦した罪で禁固12年を言い渡した。また、英国の米軍基地内で02〜05年に連続強姦事件を犯した軍曹が米軍法会議にかけられた。


 ドイツで84年8月にドイツ人女性(当時19歳)を暴行殺害 した容疑で、元米兵(46)が昨年3月、米メリーランド州で逮捕された。同国内では91年、17歳のポーランド系移民女性を暴行殺害した容疑で米兵が逮捕された。イタリアでは04年に起きた13歳の少女強姦事件で、米兵(19)が共犯として逮捕された。

 
 「各国で米軍人の起こした事件数・内容の正確なデータ」を知りたいというメールも受け取った。英内務省と在英米大使館に問い合わせたが、駐留米軍兵士の犯罪の項目で統計はないという。


 米軍基地(兵員6000人)を抱える英東部サフォーク州地元紙のグダハム記者は「米兵犯罪は当地で日本と違い、まれだ。米軍人の評判は概して良い」と語る。


 沖縄県では昨年の米軍構成員の刑法犯検挙数が46人に上る。これと比較できる資料も必要だが、日欧で米兵の行動に差異があるのか。この疑問にはさらに具体的に再論できるようにしたい。


●追記2
被害女性が告訴 米陸軍兵暴行事件琉球新報 2/24 9:50)

 米陸軍パトリオット・ミサイル部隊(PAC3)所属の伍長の男=20代=によるフィリピン人女性暴行事件で、被害者の女性が男を刑事告訴したことが23日、分かった。告訴を受け、県警は本格的に捜査を進めている。現在、男の身柄は米軍嘉手納基地内で監視下にあるとみられ、県警は米軍と協力しながら、男を任意で取り調べる。女性暴行致傷の容疑が固まり次第、県警は逮捕状を取り、男の身柄引き渡しを米軍に請求する方針。
 関係者によると、男は18日、本島中部の宿泊施設で女性に暴行した疑い。女性はけがをしており、現在も入院している。男は県警の任意聴取で、「合意だった」と犯行を否認しているという。
 また、10日に発生した米兵女子中学生暴行事件で、県警の押収した証拠物から検出されたDNA型が、女性暴行容疑で逮捕された在沖海兵隊二等軍曹タイロン・ハドナット容疑者(38)の型と一致したことも分かった。
 ハドナット容疑者は県警の調べに「少女が嫌がっていたことを知っていた」と容疑を認める供述も始めている。


●追記3
ブックマークページで、「単にレイシズムだけではないのでは?」といった疑問が散見されましたので、それについて。


記事中で海兵隊について触れた後、「でもそれだけで説明がつけられるのだろうか。」と書いています。その後にレイシズムについて言及しました。つまり、海兵隊という特殊な集団の問題(あるいはそれプラス地位協定)だけで、沖縄の事件の説明がつけられるとは私個人は感じておらず、レイシズムも一要因としてあるのではないかという見方をしています。根拠づけるものを具体的に出しているわけではありませんので、あくまで私の推測です。これを書いたのは、今回ほとんど言及されてない観点ではないかと思ったからです。
しかし最後の方では「レイシズムこそが(真の)要因である」という印象を与える文章になっていることも確かで、そこは書き方に不備があったかと思っています。


米軍兵士がアジア人女性を暴行した時、その欲望の中に人種差別的な意識があったのかどうか、これを調査することはかなり難しいのではないかと思います。もし仮にそういった証言(自供)が得られたとしても、それがメディアに載ることで起こる影響が懸念されて封印されそうにも思われます。これもまた、ただの推測でしかありませんが。
非常にデリケートな問題なので、以上追記しておきます。