「なんか怒ってる?」

昔、ある男性と議論していた時のこと。
相手からツッコミが入り、反論した。自分にとって重要なテーマだったので、喋り方に熱は入っていたかもしれない。熱が入ると私はやや早口になる。
喋り終わった後その人は突然、
「大野さん、今、なんか怒ってる?」
と言った。
「え? 全然。なんで?」
「いや、夏の嵐みたいだなと思って(笑)」
「夏の嵐」たって、ヴィスコンティの映画ではない。アリダ・ヴァッリのような情熱的な女性ですねと褒められているのではない。通り過ぎるまで待つしかないという意味だ。
急速に、寂しいとも虚しいともつかない感情に襲われた。嵐のような喋りなどしたくてもできない。声だって大きくないし。少し丁寧に反論しただけで怒ってもいない。それともどっか棘があったのかな。
私が黙ってしまったので、彼は隣の人と世間話を始めた。


そういうことが数回あって、一つの事実に気づいた。
議論の最中相手の発言内容について問うのではなく、話法の印象の方を取り上げ、それが自分にとってネガティブなものであることを暗に知らせる突然の「なんか怒ってる?」は、相手にやる気をなくさせる効果がある。「もうこの議論メンドい、どうでもいい」のサインなのである。
これ凹むわ。


女性から男性に言われることもよくありそうだ。
私も言ったことがある。それはこちらが話しかけている最中、相手が自分の手をじっと見ながらムッツリしていたからである。別のことを考えているのか、なんか怒ってるのか。
ところが訊ねると、「別に怒ってないよ。しっかり聞いてるからどんどん喋れよ」。
これはこれでやりにくい。


女が議論で反論すると男に「なんか怒ってる?」と言われやすく、男が黙って聞いていると女に「なんか怒ってる?」と言われがち、みたいなオチをつけると、陳腐なほどわかりやすいジェンダー話だ。