「豆がないがね」

愛知県のある地方自治体で、市民社会見学みたいな企画を担当していた人に聞いた話です。


ある時、日帰りの大阪の街見学ということで希望者を募集した。地元のおばさんやおばあさん達が集まった。現地についてあちこち見て回った後、小グループに分かれて喫茶店に入った。頼んだコーヒーが運ばれてくる。そこでおばさん達が騒ぎ出した。
「豆は?」「豆がないがね」「なんで豆がついとらんの」


名古屋の喫茶店では伝統的に、コーヒーを頼むとピーナツやあられなど小皿に載ったお菓子がついてくる。今ではそういう店ばかりではなくなったが、おばさん達が普段行く古い喫茶店はそうなのだ。だから名古屋近辺のおばさんは、「コーヒーには豆がつきもの」と信じている。
「名古屋以外ではそういう"常識"は通用しないんです」と説明しても納得しない。豆も何もなしでコーヒー飲まなかんの?なんか損しとるみたいだがね!なのである。


ブー垂れるおばさん集団。冷ややかな目で見る周囲の人。引率していた担当の人はおおいに焦ったが、たまたまおやつ用に柿ピーの袋を持っていたことを思い出し、急いでそれをティッシュを広げた上にあけ、「どうかこれで我慢して下さい」と言って事態を収拾したそうである。
「自分も慣れてない頃だから、ともかく鎮めるのに精一杯で。店の人は見て見ぬ振りをしてくれたけど、どう思われていたかと思うと今でも冷や汗が出る」とその人は言っていた。


ある文化が自明のものとなっている心理は、それを知らない人から見ると、時におぞましいような振る舞いを誘発してしまうものですよね、という話でした。