免許証更新で小耳に挟んだ会話

運転免許証の更新に、警察署に行った。必要書類を持って視力検査の列に並ぶ。
私の前には、大学生くらいの若い男性がいた。彼の番になって、受付の婦人警官が言った。
「‥‥では、○月○日から△日の間で都合のいい日に、××センターへ講習を受けに行って下さい」
過去5年間無事故無違反の優良運転者は、当日30分講習を受ければ更新した免許証を貰って帰れるので、この人はそうじゃないんだなと思った。私も細かい違反が積み重なって2時間の講習を渋々受けに行ったことがある。その後しばらくは、キップを切られないようにかなり気をつけた。違反した運転者にとっては罰的な意味合いもあるこの講習の仕組みは、ある程度は機能しているのだろう。
ところが若い男性は不満そうに聞き返した。
「それ、行かないかんの?」
何を言っているんだろう?とちょっと驚いてその人の横顔を見た。
婦人警官は書類に目を落としたまま「行かなきゃいけません」と言った。
若い男性は「行かんとどうなるの?」と食い下がった。婦人警官は間髪入れず「免許証が貰えません」と答えた。
若い男性は口の中で「チッ」と言った(‥‥のを私は聞き逃さなかったよ)。
婦人警官はポーカーフェイスで「じゃ視力検査をしますのでそこを覗いて下さい」と言った。


こういうのに似たケース、今まで見たことがあるなと思った。


「では、残りのプリントは家でしっかり読んでおいて下さい」
「それ、読まないかんの?」
「読まなきゃいけません」
「読まんとどうなるの?」
「今日やった内容がより深く理解できません」
(じゃーあ読まんでいいべ!)


「では、これについてのレポートを来週提出して下さい」
「それ、出さないかんの?」
「出さなきゃいけません」
「出さんとどうなるの?」
「単位が取れません」
(チッ)


こういう人は、自分が少しでも面倒に感じることをことごとくスルーしようとする。相手の言葉に強制が感じられても、何とかやらずに済む道を見つけようとする。やらなくても罰則もなければ当面の不利益にもならないと知ったら、絶対にやるまいと思っている。やったら負けだ、くらいに思っているのである。


明らかに形式だけ残っていて形骸化していると思えることについて、ここにはどういう意味があるのか、これは必要なことのかと問うのは正しい。でも先のような人は、それは強制か否か、スルーしたら罰があるのか否かだけを気にする。そこで目指されているのは「省エネ」だから、自分を効率的で合理的な人間だと信じている。
こういう人はたぶん珍しくないのだろう。警察署の窓口で講習を受けなさいと言われて「受けないかんの?」と聞き返す人間は、彼だけではないのだろう。その婦人警官が眉一つ動かさず淡々と受け答えしたところから見て、私はそう思った。