介護の勉強を始めた

今年に入って介護の勉強を始めた。当面はホームヘルパー2級の資格を取るのを目標にしている。
自分がそんなことを考えるようになるなど、1年前までは想像もしていなかった。老いや介護問題がいずれ自分の身に降り掛かってくることはわかっていたとは言え、なるべく考えないようにしてきたと言っていい。
直接的なきっかけは、去年の夏に父が有料老人ホームに入所したことだ。そこで、誤嚥による肺炎を起こした父が急速に衰え、認知症が進行したことはこれまでここで何度か書いてきた。
父を見舞いにわりと頻繁にホームに通ううち、そこでの老人たちやスタッフさんたちの様子を見て、老いて死に近づく中で生きるということ、他者がそこにケアというかたちで関わることに、少しずつ関心をもつようになった。


父を引き取って看ることはもうできないが、私の家族には、実家の母と一人っ子の夫の両親(別居)がいる。母は「お父さんを見送った後、私も弱ってきたらさっさとどこかの施設に入る」と言っており、娘たちの介護は期待していないようだ。妹は遠くに住んでいるし、私が自宅で母を看ている間にもし夫の両親のいずれかが要介護となったら、私と夫のキャパはパンクしてしまうだろうことを、母は懸念している。私も母を引き取るのは難しいと思っている。
だがおそらく近い将来、夫と私が、義父か義母少なくともどちらかの介護を、さまざまなサービスを利用しながらも自宅ですることになる可能性は非常に高い。その時のために、多少なりとも専門的な知識と経験を蓄えておきたいという気持ちがまずあった。



そんなことを昨年の10月頃からつらつらと考えていたら、ホームヘルパー2級(1級と3級は既に廃止)の資格を取れるのが今年度までだと知った。
来年度からは介護人材の養成体系が整理され、介護職への入り口はホームヘルパー2級から介護職員初任者研修に変わる。またホームヘルパー2級は自宅学習とスクーリングの間、実習の後などにレポートを全部で6回ほど提出し規定の点数を満たせば資格が得られるのに対し、介護職員初任者研修は実技のスクーリング時間が増え(当然費用もその分かかり)、終了試験が必須となる。
今年度中にホームヘルパーの勉強を始めて資格を得れば、介護職員初任者研修修了者と同様に扱われる。つまりお金も時間も節約できるのだ。そういうわけで、テレビでも大手の業者が「今が資格取得のチャンス」と盛んに宣伝を打っていた。


とりあえずネットで見つけたいくつかの業者に、資料請求してみた。内容的にはほとんど変わらないようだったが、受講費が5万円代から11万円代くらいまで幅があった。スクールの立地条件や設備や教材に掛かっている経費に差があるのだろう。
その中から、自分のスケジュールにマッチする日程で講座を開催していて、金額的にもまあ妥当で、ホームヘルパーと同時に障害者ヘルパーの資格も取れるメニューを用意していた業者を選んだ。
できれば12月頃からと思っていたがバタバタしてしまい、やっと1月の半ばから学習を始めた。送られてきたテキストを読み、問題集を解いてレポート(解答)を送るという自宅学習を約一ヶ月してから(あるいはそれと並行して)、一回6時間の実技のスクーリングに8回通い、現場実習に5回ほど赴くことになる。


ケアサービスの理念や認知症について書かれた一冊目のテキストを読み出したら、父のことがあったせいであまりにも内容がリアルに響いてきて、思わず涙が出てきてしまった。もっと早く勉強していたら、お父さんがああなる前に何か対策できたかもしれないな‥‥などと、メソメソしながら勉強。制度の話や疾患や具体的な介護内容の話になって、少し涙が引っ込んだ。
食事作りや部屋の清掃、洗濯、買い物や薬を貰いに行く、入浴やトイレの世話、おむつ交換など、ホームヘルパーの仕事は家族や本人に替わって本人の生活のために行われること全般となる(一応「身体介護」と「生活援助」と「助言・相談」という分け方がされている)が、基本的には利用者の「自立支援」という考え方が徹底しており、何でもかんでもやってあげるということではないようだ。またメンタル面の支えは重要な仕事の一つとなる。


介護者養成のテキストなのでモチベーションを高めるような良いことがたくさん書いてあるのだけど、現実はこんな理想的なことばかりではないはず‥‥と、勉強と並行して『介護―現場からの検証』(結城康博、岩波新書、2008)を読み出した。
人手不足による過重労働と薄給で、離職者も多いという介護職。ヘルパーや介護士による老人搾取、虐待のニュースも耳にする。制度改革も過渡期のようだ。最終的には「国にも自治体にも利用者にもお金がない」という実も蓋もないところに行き着いてしまうのだが。

介護―現場からの検証 (岩波新書)

介護―現場からの検証 (岩波新書)



先日、初めて実技のスクーリングに行った。20人のクラスで内、男性が5人。年齢層は18歳から50代(私も含めて4、5人)までばらばら。土曜のみのクラスなので、仕事を持っている人が比較的多いようだ。動機は家族介護から転職・就職や将来のための資格取得など、いろいろありそう。
私も資格が取れたら、非常勤で訪問介護でも施設でもいいので働きたいとは思っているが、今の仕事とのスケジュール調整が難しいのでどうなるかわからない。まあ学校非常勤のコマは少子化の折年々減らされていく傾向なので、ヘルパーとして働く時間がある程度確保できるのはそう先のことではないかもしれない。その前に親が倒れてしまったら、もちろんそちら優先になるだろうが。


「ヘルパーの勉強を始めた」と友人に話したら、「ええっ、すごく意外。イメージと違う」と驚かれた後ですぐ、「ああ、お父さんのことがあったからね」と納得された。
そういう意味で意外でも何でもないのだが、これまでの自分の人生を振り返ってみると、面白いことに私にはきっかり10年置きに転機が訪れていることがわかった。
3歳でピアノを始めた(親の意向。その後の私の精神活動に多大な影響を与えた)。
13歳でピアノをやめた(美術に進路変更。初めて自分で人生の重要な決断をした)。
23歳からアーティスト活動を始めた(その後の生活スタイル、スタンスが決まる)。
33歳でマンションから一戸建てに引っ越した(今ではかけがえのない存在となった犬と猫を飼うきっかけに)。
43歳でアーティストをやめた(またしても人生の重要な決断。「ジェンダー入門」の講義をもつことになったのもこの頃)。
53歳で介護の勉強を始めた(今ここ)。


いずれにしても新しいことを学び、始めるのには、最後のチャンスだと思う。今までずっと若い人の専門教育に携わってきたが、介護を通じて親世代の年長者の人と関わることで、人間について学び直すことになるだろう。