あたらしい首輪は軽い 拘束と愛の違いをだれか教えて

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飼い犬タロのつもりで詠む「犬短歌」、2021年下半期の190首です。
まあまあのも今ひとつのも全部上げました。わりと気に入ってる歌の最後には*マークをつけてます(/サキコとあるのは私名義の歌)。

 

◆七月(36首)

もしかして怒ってますかなんか目が怖いんですけどあっごめんなさい

チラシの絵困ったらイヌ特に柴 ネコもたまには出してあげよう

俺が今生きているのは偶然でアイス舐めたいのもまた偶然

ママの顔忘れて七年カルガモの親が子を呼ぶ夏の夕暮れ

自由主義者たちの踊れる世の中で犬は犬なりの礼節を知る

窓口で切手買いたる若力士鬢付け油に香る七月/サキコ   *

泥付きの鼻に鼻キスしたあいつ泥が好きなの俺が好きなの   *

締め切りを忘れたおばさんフィラリアのお薬だけは忘れないでね

ワンワンと吠えて「おや犬らしいね」と言われた何だと思ってたんだ   

災害の町で土砂掘る犬たちと俺は果たして同じ犬なのか

年三百六十四日の不在には耐えられないね犬は。七夕

雨の庭百合の一輪うつむいてレモンイエローの灯りとなれり

飼い主を連れた散歩の顔馴染み雨の合間に生存確認

毎日の飽きた飯にはあのひとの笑顔ふりかけおいしく食べる

夏草や千匹の蟻墓石に集りて死者の夢を乱せり

ゴマダラとゴマドレは少し似てるねと虫摘みつつ呟くおばさん

ゴマダラのカミキリムシを見た今日はゴマドレかけたサラダを食べる   *

深く潜れすべての犬たちよ真夏の軍隊そこまで来たり

言葉ってキャッチボールじゃないんだね忘れた頃に投げ返される/サキコ

タロと呼ぶ声が小さな球となり散らばる庭でわれ遊びたり   *

空色の水草の花咲く甕に棲みたるメダカの子らの眼も青

森の奥深くに隠れて玉虫はネオンのごとく夜を照らせり

この国の蝉はどこでもフィクションとリアルの間でミンミンと鳴く   *

真夏日の小さき鉄線二番花の全力かけた強き紫

あの電柱セミになったのさっきからシャーシャー鳴いては時々黙る   *

空調のリモコン持たぬ手を空に向けそうになる散歩の帰り/サキコ

おばさんに酸っぱい過去のあることはわかった俺には関係ないね

五色雲なんか見えない俺の空そろそろ首輪を替えてください

犬猫が床に落ちてると聞いたが床下に落ちるのが本式ぞ

顔はよく見えないままの「今晩は」夜に溶けゆくわ音の香り

あたらしい首輪は軽い 拘束と愛の違いをだれか教えて   *

青と白染め分けボブで風を切り自転車ガールは夏の彼方へ

明日なんかどうでもよさげな下駄の音 今日は生中二杯と冷酒

鴨を追い川に飛び込み鱒となり跳ねたところで目覚め水呑む

アシナガくん睡蓮の水飲み干して昼寝もせずに午後の仕事か

交換はできぬかわりに色お揃 俺の首輪とあの人の靴


◆八月(32首)

虫の音は闇に小さな電子音ライディーン聴いてた遠い夏の日/サキコ   *

スプレーで道に描かれたイラストは夜のあいだの星のいたずら

自分史上最高の穴が掘れたから月をメダルのかわりに噛んだよ

枝豆の匂いかすかな指先で耳に薬をつけてもらう夜   *

庭箒みたいな尾を立て寄ってきた雑種に蜂起の日を告げるなり

深海に捨てた酷暑の思い出が分解されて浮かんだら秋

立ち枯れた向日葵の影午後三時どこかでカウントされている死   *

タロちゃんの入院中にまた少し世界は悪くなったよごめん/サキコ

許すとか許さないとか人間ってどこまで行ってもバカな生きもの

あの夏はどこにいったのお迎えの声軽やかな退院の朝

おばさんは何に怖がるんだろうと化ける前から思案する夜

化け犬になったらお盆に出ておいでお正月でもいつでもおいで/サキコ

塗り薬つけるたんびに抱きしめてそんなに俺のことが好きなの

送り火の提灯ともす遠くでは国が敗れて他者たちの夏/サキコ

噛まれたり噛んだりする相手もなくて自分の尾を噛み傷つけた夏   

これ以上水分吸えない土だけど遠慮しないで片足上げる

塹壕の外に洪水迫り来てわれ渾身の土手を築けり

脱脂綿みたいな雲傷ついた空ヨードチンキの色の用水

ボロボロとまた空が泣くどうしたら機嫌直るのどっか痛いの

おばさんはお注射打って熱出してただいま奥で臥せっております   *

走らせて疲れた膝に潜り込みいい子と言わせる俺は小悪魔

虚しいの?嘘だぁまだあと何年も俺は生きるよ忘れちゃったの? 

干物を取り込みなさいと鳴いたのに雷怖いのとは何事ぞ

「お座り」の前から座って待つ早くそのポケットの中のもの出せ

千日紅みたいな色の口紅を一度もつけず過ぎてゆく夏/サキコ   *

宿題帳答え合わせをする子らの上にすいすいトンボ飛び交う

これまでの短歌を見るとおばさんの「偏見」は愛「手癖」は妄想

犬にはね犬の倫理があるんです人間みたいにひけらかさないの

お散歩は犬いない刻 病院で剃られた尻はまだ産毛なり/サキコ

ハゲなんぞ人間ほどは気に病まぬ犬の誇りを甘く見るなよ

あの人が帰らなかった一晩中ドロップみたいに月を舐めてた   

喪の衣装まとい逝く夏惜しみつつ御歯黒蜻蛉のしめやかに飛ぶ   *


◆九月(32首)                                                   

夕闇にバットマンの子ら放たれて見上げる俺は犬のジョーカー

体温の低い生きものに寄り添って暖めてやる季節が来たね

警察犬みたいと言うけど探してはいない世界を楽しんでいる

遠吠えに応え去られるさみしさを知らず遠吠えしたいと言う君

ミスタッチひと呼吸して弾き直す秋のソナチネゆっくり歩め/サキコ

足とめてピアノの音に耳澄ます人の隣で耳の裏掻く   *

もう七歳?若く見えると褒められてなぜか犬より喜ぶ飼い主

私より五倍の速さで死に向かうタロよも少し遅くていいよ/サキコ

透きとおる馬に跨がり野を行けば九月の精が眉間を撫でる

あの人は傘の雨音聴く俺は地下に流れる水音を聴く   *

飼い主のいない時には静かだと聞いた今どんな顔してるの/サキコ

犬くせぇ?そりゃあたしかにちげえねぇにんげんだってにんげんくせぇ

あの人に生殺与奪を握られてひとしお沁みる鶏頭の緋

洗われてフェロモン消えたと嘆いたらオヤジ臭よと言われたひどい

雨の中ヒトには解せぬ歌詠みてレプリカントの犬息絶えぬ   *

花は咲き人は作るのが自己主張 犬の場合はただ生きること

タリバンの犬になった同志たちよ君らがアメリカ捨てたんだよね   *

暇だから働こうかな焼きたてのバケット買ってくる仕事とか

バケットは買ったら齧りつつ帰るそれがパリジャン犬のたしなみ

雨長し歩みの遅い台風に誰かリードをつけて引いてよ

ステッキを両手に持ったおじいさんどっちの杖で魔法使うの

黒猫は幸せ運んでくるらしい食べられるかは知らないけれど

おばさんはおじさんって犬飼ってるの?たまにワウワウ吠えているよね   

名も知らぬ花に名をつけ呼んでみるハナコさんとかハナタロさんとか

人間を観察するのもうんざりで尻向けたままの農場の山羊

白魚の指ならこんな色のルビー似合うのになと紫蘇ジュース割り/サキコ

おばさんは指輪しなくていいんだよ甘噛みのとき歯に当たるから

彫刻科出身ならばおばさんもタロをモデルに一発当てなよ

柴犬の領土獲得作戦のさなかに邪魔をしに来るおばさん

草むらでコロボックルの犬たちがごはんを分けてくれた雨の夜   *

勇ましいネズミのリーピチープなら俺よりうんと東に行けたな

魔女の棲む西の森へと旅に出るあの人連れて落葉のころに


◆十月(29首)

板取のクマのプーさん提供のハチミツの色秋の陽の色

おばさんを叱らないでね鉢植えにボールを当てた犯人は犬   

草を食み草に寝ころび草枕とかくに人の世は住みにくい

いつまでも居座っていて帰る場所忘れちゃったの今年の夏は

俺だけの「おばさん」だからやすやすとそう呼ぶ人は噛みつきに行く

あの人がついて来てるか振り向いた鼻をくすぐる秋桜の風   *

青魚食べられなくてブルーだとつまらぬ駄洒落で笑うおばさん

金木犀いい香りねと言う人の後ろ手に持つおやつの香り

大脱走』犬バージョンができるならダニーの役は俺がもらった

あの雲は大きなガーゼ怪我をした犬がいないか探しているよ   *

幼虫の名残りの自分絞り出し軽々空へとツマグロヒョウモン

自分より小さい者と友だちになりたい時は小さくなろう

あの人はヒト目オンナ科オバサン属オオノサキコというわけだ

ミニあんぱんパンのとこだけくれるなら次はミニではないあんぱんを

『犬界で一番賢く勇敢なタロの話』を書いたらどうか

日々実践柴犬領土獲得の基本其の一脱糞行動   

日々実践多種犬領土闘争の監視と諜報・撹乱行動/猫

本能か学習なのかわかったら愛の中身は変わるんだろか

柴犬の鼻が乾いたここに来て涙で濡らせ泣いてる人よ

寒いなら抱きしめなさい人よりも体温高い生きものたちを

「タロ、わたしもう疲れたよ」と言うけれど凍死するのはまだまだ早いぞ

背を向けているのは拗ねてるんじゃないただ背を撫でてほしいだけです   *

この穴はここ掘れワンワンではなくてあのひとの疲れを埋める穴

宇宙人には悪者もいるけれど宇宙人の飼う犬はやさしい   

あんぱんの皮よりうまい食いもんを知らないことが俺の幸せ

鼻キスは一回につき1いいね明日は30いいねを目指す

人に化け妖怪変化し鬼になり生まれ変わっていま犬なのだ  *

人間に尻尾を振るか猿鹿の側につくのか考えどころ

人の夢から這い出しものの身を乾かす夜半の風の強さよ   *


◆十一月(32首)

犬ホテル窓から覗く妖怪の影に吠えてたハロウィンの夜

コッペパンみたいな尻してフランスパン食べているのかフレンチブルは

何歳になっても俺はタロなのにおばさんはおばあちゃんになるのね

あの人の指先のかすかな荒れを舌に感じて秋は深まる   *

電柱の根本に集まる情報に片足上げてツイートひとつ

前脚と手を触れ合うも永遠に埋まらぬ距離の大きさ思う

雉の巣を探せなかった日の夜は色とりどりの卵の夢みる

誰もいない誰もいないのに何回も振り向かないで夜の散歩で/サキコ

何かいる何かいるけどまあいいさ誰もが静かに息を吐く夜

ワタクシハアナタノ犬愛処理機デハナク短歌製造機デモナイ

四ッ足を食う人間は非道だね初めて食べる豚肉うまい

さっきまで覚えてたのに出てこない言葉のように虹が消えてく   *

アカタテハ骸の翅に並びたる紋が見つめし晩秋の空

塀越しにサザンカの写真撮る人の上げた踵の靴下の穴

静かねと言われたけれど弱い犬ほどよく吠えると聞いたからには

目に見えるもので争う人間は難儀だ匂いで競えばいいのに

この時刻この角度だけ銀色に輝く鉄塔おまえが好きだ   *

おばさんにとって自分はエロいのか可愛いのかが気になる昨今

サザンカの微妙なエロと可愛さは俺にもわかる腹が減ったな

おばさんは夜に向かって古くなり翌朝また新しくなってる   

少しずつ古くなってくのよタロもわたしも毎朝見る太陽も/サキコ   *

朝の畑四ツ足たちのパーティの名残俺だけ呼ばれてなかった

夜も更けてただ意味もなくジグザグに彼女とふたり道路を走る

どこへでもどんなステップでも行ける犬と夜風と雨の匂いと/サキコ

おばさんの声真似したら真似されて意味がわからず寝床に戻る   

もしあした「スイッチョねこ」に会ったなら俺は「チンチロリンいぬ」になる

いぬ!いぬ!と声上げ三輪車で突進してくる暴徒を避けつつ歩く   *

老犬の犇く医院を出てひとつ深呼吸した俺まだ若い

血尿であんまり心配されたので青いオシッコ出してみよかな

お砂糖を振ったブラウンケーキだよ畝だけの黒い畑に初霜

いつも逢うトイプーに無視されたあと野菊を嗅いだ気にしてないよ

ベソかいて幼稚園バスに乗った子よ代わりに俺が行ってやろうか   *


◆十二月(29首)

雨なんて降りましたっけと澄ましてる薔薇は不可侵領域の花

何度でも聞きたい「お」付きの日本語はおやつお散歩お利口さんね

黒猫に完全擬態し終わった魔法使いが夜明けの道を   *

木枯らしが赤いインクで冬の詩を書く栃の葉の乾いたおもて

おばさんの眼鏡の下は素顔 でもその下は俺だけが知る顔

金網の向こうに同志はいないけど掘れそうな土見たら掘るべし

金積んであした宇宙に行く人よライカのためにお祈りしてくれ

パソコンの蓋閉じコトリとマグカップ置く音そろそろ散歩の時間   

古い巣を腕に抱えて鳥たちの帰る春待つ桜の大樹   

お客さんいかがですかと尋ねつつ犬の腰揉む六十二歳

サッカーもドッヂボールも飽きたから次はボールになって転がる

ヘマしないように生きてもただたんにヘマしないだけだよつまらんね

蜂蜜も固まる朝に妖精のマントの色の薔薇の花咲く   *

くっつきも離れもしない距離感で冬の匂いを嗅いでいる午後

オス同士めずらしいねと言うけれど他犬と仲良くしたいだけなの

雲早し子の泣く声と豆腐屋のラッパかき消すサイレンの音

BEAMSのロゴ入りTシャツ被せられ我資本主義の犬に堕ちたり

ブランコを止めて言い合う声ひとり帰ってふたたびブランコの音

陽だまりのあのトラ猫は虎になり夏頃溶けてバターになるはず   *

田舎町老人ホームの窓ぎわに揺れてる紙の星金の星

「若見え」の短めボブに「高見え」の中古着物で出かけるおばさん

夜十時魔法が解けて軒下のまたたく星は蜘蛛の巣となる

おばさんにお願いします靴下を下さいそこにおやつを入れろ

西洋画で見た黒雲のわき立って堕天使の影映す溜池   *

風邪ひいて散歩をやめたおばさんよ俺ひとりでも行けるんですよ

雪の朝彼女の息が白いから散歩は最短コースで帰る

犬の飯食べたことない飼い主が横から何度もおいしいねと言う

さっきからサッシにぶつかり続けてるルンバを外に出しておやりよ   *

公園の砂場のトンネル掘ったのはきっとコロボックルの犬たち

 

 

2021年上半期の歌と、犬短歌を作るに至った経緯はこちら。

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