和もの流行り

アジアンブームの終着点

この間、宮田さんからシックな花柄のチャイナ風ブラウスのお下がりを頂いただけで、一週間幸せな気分になっている貧乏な私である。
もちろんそこらのアジアン雑貨に売っているような安いしろものではなく、インゲボルグ。日本人には似合わないピンクハウスで有名な金子功の大人の女向けブランドで、国内では根強い人気を持つ。
ヨーロピアンテイスト重視のブランドだけあって、デザインはチャイナ服だが生地は薔薇模様。そこはかとなくコロニアルな香りが漂う。かつて日本も含めた列強によって分割支配されていた中国で、英国人の愛人になった中国娘が着ていたような。
いや、中国趣味にかぶれて本国に帰った英国人の女が着ていたような。それを今日本人がデザインして日本人が着るってのは、どういうことになるわけ? 
って単なるファッションか。


さて、夏も真盛りとなったのにまだまだ日本人の女は、隣の国の男に心を奪われているのであるが、アジアンブームは15年くらい前から始まっていたと思う。
それ以前にもおそらく70年代冒頭あたりから、密かなブームはあったようだが、一般人にはそれ程浸透しておらず、ヨガにハマった人と玄米食にハマった人とお金のない人の間で、ほそぼそと愛好されているような感じだった(に違いない)。


90年代、欧米への旅行にも飽きてきた(というか不況でそこまで行けない)といった風潮の中、癒し流行りにも押されて、まずタイブームが起こった。
その前までは「トムヤムクン」と聞いても「それ誰クン?」と言うような素朴な状態であったのに、今では若い女性達がタイのプーケットでキノコを楽しんだり男の子と遊んだり遊ばれたりしている。
それからタイに飽きた女性達の間で、数年前にベトナムブームがあった。料理も流行し、今では大抵の女が一度はベトナム風生春巻きを作ったことがあるほど浸透した。


韓国ブーム=「韓流」は、東アジアで韓国の映画やドラマやポップスが流行ったのが始まりだが、韓国式垢すりエステの大流行が女性ターゲットの商売としては注目される。
そして今は、韓国では普通だという美容整形が熱い視線を浴びている。ソウルお直し3泊4日ツアーなんてのもそのうち企画されるかもしれないが、パスポートの写真をどうするかが問題だ。


若い女性向け雑誌では、数年前からアジア雑貨や家具のインテリア特集が目につく。
漠然とした「アジア」ではなく「和もの」も以前から頻繁に登場する。主婦の友とかクロワッサンなどでやっていた「和の暮らし」とか「和のおもてなし」みたいな特集が、ananなどに伝播したのがきっかけだろう。5、6年前には下駄や風呂敷や和風プリントのTシャツも一部で流行った。

着物風浴衣の欺瞞

その「和」のファッションが本格的にクローズアップされるようになったのは、アンティーク着物の流行からだ。
高くて着付けが大変というイメージの強い着物であるが、安くて着付けが楽でアンティーク風のものが出回り、若い女の子向けの和装の本も続々と出て着物熱が高まった。松田聖子も自分の着物ブランドを持っているらしい。相変わらず油断も隙もない女である。


そしてトドメが、この夏の浴衣の大流行。これといった洋服の流行もなく、スカートオンパンツやキャミソールにも飽きたところに、グッドタイミングな浴衣の登場。
休日の夕方に電車に乗ると、一車両に一人は浴衣姿が発見できるくらい、流行っている。着物や浴衣は、洋服着た外人に対抗できる唯一のファッション。誰でも一応女らしく見えるという特典もある。大人の受けも若者の受けもいいであろう。
今年人気のスタイルは、着物風浴衣である。柄が着物のような華やかな古典柄で、帯幅が広くて帯締め帯留めなど着物並みのオプション。つまりグレードアップした「よそゆきの浴衣」。 浴衣だけでは儲からないので、細々したものを買わせてセコく儲け、その延長で秋には着物も買わせようという呉服業界の目論みが見える。


こないだ名古屋駅で、派手な牡丹柄の浴衣(総振りそで)にだらりの帯を締め、帯締めに大きな造花をくっつけ、頭にもいろんなキラキラ飾りを付けて歩いているけったいな子娘を見た。身を持ち崩した田舎芸者のようなと形容すればよいか。
こういう不思議なもんを見ると、そのうちゴスロリ浴衣(どんなんだ)が出現するのではないかという、悪い予感すら起こる。
この着物風浴衣、私は嫌いだ。
浴衣はラフで涼しげなものであって、着物の帯みたいな上にいろんなものくっつけたら暑苦しい。それにごちゃごちゃした色とりどりの重たい模様はやめてほしい。見ているだけで暑苦しい。浴衣にも着物にも合わないキンキンの茶パツに光りものぶら下げるのも、やめてほしい。
浴衣ではないが、昔『青い目の蝶々さん』で芸者を演じていたシャーリー・マクレーンでさえ、ここまでひどくはなかった。


浴衣は「着飾る」もんじゃない。あっさりした柄の浴衣を子娘はこざっぱりと、年増の女はこざっぱり&しどけなく着るのでなければ、着てはいかんというのが浴衣原理主義者の私の意見。
しかし私がいかんと言っても、流行の力には勝てないので虚しい。


近年欧米から注目されている日本の女の子のファッション(「コギャル」などフランス語となっている)だが、デコラティブな浴衣もあちらで流行るのだろうか。
パリジェンヌが田舎芸者みたいな格好でセーヌ河岸にたむろっているとこを、ananは「パリのおしゃれスナップ」で是非とりあげてほしいものだ。

脱欧入亜の商魂

アジアンブームで当てたおそらく今年最大のヒット商品は、花王のシャンプーとリンス「アジエンス」だ。一週間ほど前、夕方のテレビニュースの「追跡!ヒットのひみつ」に取り上げられていた。


花王は70年代の「メリット」以来、シャンプー・リンス業界のトップシェアを独占していたのだが、外資系に押されてここのところずっとその座を奪われていたらしい。「アジエンス」は花王の起死回生の商品で、コンセプトは「アジアン・ビューティ」。「結っても跡がつかない芯からしなやかな髪」をキャッチフレーズに、生薬や漢方薬を使ってあるという念の入れよう。花王のマークを目立つところから外したのも功を奏してか、去年10月に発売されてから、半年で年間目標の3倍という異常な売り上げを記録したという。
コマーシャルは私もよく知っている。中国の若手女優を起用し、ダンスのステージかなんかできれいな黒髪ストレートヘアの彼女が、髪の毛クリンクリンの金髪女達を尻目に場をかっさらうというやつ。強気とわかりやすさで印象に残るコマーシャルだ。


「和」だけではいまいちインパクトに欠けるが、 「アジア」というと何となく力強く説得力のあるような気がするのがミソ。急速な経済成長を遂げる韓国や中国の勢いのお陰である。現実にはどこでも貧富の差が拡大していて、貧しい人々はたくさんいるはずなのだが、それもファッションぽいイメージを通すと「素朴だが豊かな暮らし」「チープシックな暮らし」に化けてたりして。
そんなにアジアがいいなら、北朝鮮で「おしゃれスナップ撮影会」をやってみれ。anan独占企画「パリジェンヌvsピョンヤンヌ」。やってくれれば私は買うよ。


アジアンイメージのお膳立てが整ったところで、そこに加わる「日本」。
不況にあえぎフリーターと引き込もりと自殺が増加する日本じゃなくて、アニメとトウキョウファッションのクールな日本。
そして「和の心」を再発見した日本。
それまでNYだパリだと言ってきて、アジア人にも関わらず半分欧米人になっているようなつもりでいた日本が、「アジアが素敵」とか「日本のアニメはすごい」ってことになると、いそいそと「日本」「和」を持ち出し便乗。姑息だなあ。商売だから仕方ないか。


「和」と「アジア」は便利だ。ファッションならなんといっても、体型や顔との違和感がない。芸術なら「間」とか「わびさび」とか「縄文」とか言っておけば済む。美術大学のデザインの学生の作品を見ていても、3つに一つは「和を意識して」みたいなやつがある。
困った時の「和」頼みである。古畳の狭い部屋でそうめんばかり食べていても、「和の心」。「和」であれば、チープも清廉となる。


しかし、かくも我々日本人を安心させてくれる「和」の風土=日本の精神的物理的根拠は何かと問うていくと、天皇の祖先はどこの人かと訊ねるくらい怪しくなってくる。「和の心」って、結局はその「日本」のうやむやを覆い隠すのに利用されちゃってるのでは? 隠しようのないのは、ずっと一人だけアメリカの方を向いてきた、アジアの顰蹙者「日本」だったりして。
でも商売になっているうちは、誰もそういうカタいことは言わないのである。


そういやピョンヤンヌだった曽我さんの長女、今日は赤いTシャツ着ていた。
浴衣を着るのは、いやリーバイスジーンズを穿くのは、いつ頃だろうか。みんなそのXデー(大袈裟な)を、かたずを飲んでじりじりと待っているのではないだろうか。なぜかはわからないけど。