50歳の結婚と高齢独身者

昨日久しぶりに髪を切りに行って、待っている間に『女性セブン』(8月7日号)を手に取ったら、「藤原美智子さん−50才の結婚相手はちょい不良風デザイナー」の見出しが目についた(「ちょい不良」はもちろん「ちょいワル」と読む)。
藤原美智子は超有名なメイクアップ・アーティストである。50歳には見えない若々しい美貌とスタイル、オシャレさんっぷりでメディアの露出も多い(私も拙書『アーティスト症候群』の中で取り上げさせてもらった)。相手は53歳のファッションデザイナー吉田十紀人氏(こんな人)。うーん、「ちょいワル」なの?どっちかと言うと好々爺‥‥とは思ったが、オシャレで金持ちそうであることは確かだ。似合いのカップルと言えるだろう。


「しかし50で結婚かぁ」と口にしたら、「老後は一人だと寂しいと思ったんじゃないの」と友人の美容師が言った。ふーん、そんなもんかな。
「でも40代未婚で結婚を望んでいる女性が、このニュース読んで勇気づけられるかって言ったらさ‥‥」
「やっぱり何もかも持ってる者同士だからできたことで‥‥」
「だよね」


最近読んだ本『崖っぷち高齢独身者 30代・40代の結婚活動入門』(樋口康彦著、光文社新書、2008)を思い出した。30代の終わりから5年間に渡ってお見合いパーティ(114回出席)、結婚相談所(68人とお見合い)を体験した著者(しかし未だ独身)による、結婚したい高齢独身者への「結婚活動」の傾向と対策。

崖っぷち高齢独身者 (光文社新書)

崖っぷち高齢独身者 (光文社新書)


この本で「高齢独身者」とは、「38歳以上の独身男性、33歳以上の独身女性」と定義されている。そして冒頭に「結婚したくなかったら、こうしよう」として挙げられている5つのルールは、以下。

ルール1 自分の内面を見てくれる人を探そう。おしゃれに興味のない自分を理解し、受け入れてくれる人を探そう。


ルール2 運命の人を信じよう。まったく結婚活動を行わず、劇的な出会いが向こうからやってくるのをじっと待っているのがベストである。


ルール3 たとえば「一度も恋愛経験がないこと」、逆に「過去に豊富な恋愛経験があること」「友だちがいないこと」など、知られたら不利になることを自分の口から交際相手にどんどんいってしまおう。


ルール4 交際相手と会うことより習いごと、友人とのつきあいなどを優先しよう。自分の生活パターンを乱してはならない。
 また、プライドを守るため「あなたとつきあうことに必死になっているわけではない」ということを、交際相手にそっけない対応をして伝え続けよう。
 交際相手からのメールに対する返事は3日後、4日後もしくは5日後に出せばよい。ケータイに相手からの着信履歴が残っていても、相手がまたかけてくるのを待とう。


ルール5 あなたはルール4のような、結婚活動をしているものの、真剣に取り組んでいない人、煮え切らない人を早々に切ってしまってはいけない。できる限り譲歩して、会ってみよう。交際を試みよう。そして貴重な時間を空費するとよい。


高齢独身者が"結婚したかったら"、以上のルールと逆のことをしろというわけだ。つまりルックス(服装、体型)に気遣い、結婚相手を探している人が集まるところに出向き、自分の交際、交友関係についてはペラペラ喋らず、めぼしい相手が見つかったら彼/彼女とのつきあい、コミュニケーションを最優先させて自分の熱意を伝え、脈がないとみたらさっさと諦めて次に行け。
「適齢期をすぎても結婚できない男女のほとんどが、深く考えもせずルール1〜5のようなことを実践してしまい、自分から結婚を遠ざけてしまっている」そうだ。実際読んでいくと、筆者本人も時として「ルール」を実践して失敗していたり、相手が「ルール」通りの人で一回デートしただけで終わりになったりといったケースが出てくる。運良く相手を見つけてからが大変らしい。


お見合いパーティとか結婚相談所ってどんなところ?どんな人が来るの?具体的に何をするの?カップリングした後はどうなるの?成功率ってどうなの?といった疑問については、かなり詳しく書かれている。筆者のありとあらゆる失敗談が語られていると言ってもよく、よくここまで率直に書けたなと思わされるイタい箇所も多い。
お見合いパーティに来る男性が、女性をまず年齢と容姿で選んでいる(そこから入るのはまぁ普通なのだろうが)こともよくわかる。筆者も「美人でなくっていい」とは書きながら、パーティで狙いをつけた複数の女性の容姿を比較している記述が随所にある。女性が読むと「やれやれ」な気分になるかもしれないが、たぶんこれが現実。


お見合いパーティや結婚相談所に来る女性にとって重要なのは、相手の「社会的ランク」だ。自分よりワンランクもツーランクも「上」を望む人が多いらしい。「結婚相談所は「夢見るワーキングプアのお姉さん」「夢見るワーキングプアのおばさん」でいっぱいである」。
もちろん男性の方も夢を見ている。そしてそれを打ち砕かれる。それでも筆者は「悲しいほど妥協せよ」「自分を選んでくれた人は神様だと考えよ」と読者を鼓舞する。そこまでして‥‥などと思うのは、特別結婚したくない人か、上の「ルール」の人。
筆者は、「コミュニケーション弱者」と自分を冷静に分析する一方、結婚に対する素朴なまでの期待と憧れを隠さない。「どんな形であれ、いい人に出会ってしまいさえすれば、自分の生活を、そして考え方まで変えることができる」。ここまで結婚活動にエネルギーを費やし自分を叱咤激励し鍛え上げて、この人は結婚したとたんに反動がきてしまうのではないだろうか、といらん心配をしたくなるほどの情熱が伝わってくる。


この本を出す動機について書かれたあとがきに、「人はいつか老人になる。そのとき、自分を支えてくれるのは家族しかいない」とあった。やっぱり老後が心配というのが根底にあるらしい。夫が妻より早く死ぬケースが多いことを考えると、他人ではなく奥さんに介護され、独り身の孤独を味あわずに死にたいということかもしれない。
結婚したい独身高齢者の男性の本音がそこにあるとしたら、"それに見合う"結婚したい独身高齢者の女性の本音は、残すもの残してくれれば介護も先立たれる孤独もOK、ということになるだろう。身も蓋もない? しかしワーキングプアの女性にとって、それは結婚の動機になりうる。昔だったらそういう理由で結婚を決めた女性は多かったはずである。


お見合いパーティや結婚相談所に来るような男性は、女性の経済力にそれほど期待していない。筆者も仕事をもっている女性を希望してはいるが、それは相手の経済力を当てにしているのではなく、自立心や社会性の証と捉えているようだ。
一方、女性は、結婚して経済的にランクアップしたいと思っているような境遇の人がしばしば登場する。『おひとりさまの老後』(上野千鶴子著、法研、2007)で提唱されたような優雅な老後(持ち家、貯金、友人)の実現を期待できる独身女性は、全体の一部だ。男性の結婚の理由が「一人は寂しい」でも、女性はそれだけではない。40歳近くなって不動産もなく貯金もなく、いざという時頼りになる友人もほとんどいない独身女性の中から、結婚してこの生活の不安を解消したいと思う人が出るのは不思議ではないと思う。


優雅なおひとりさまの老後を充分期待できるにも関わらず50歳で"セレブ婚"した藤原美智子を、高齢独身者の女性はどんな目で見ているのだろうか。女性の書いた『崖っぷち高齢独身者』を読んでみたいと思った。