耳をすませば

先日、非常勤で行っている大学で以前に同じ授業(担当クラスは別)をしていた先生から、「非常勤の人が一人抜けることになっちゃって(中略)来年春からの授業になるけど(中略)誰かいないかと聞かれたんで(中略)あなたを推薦しといた」という電話があった。企業が次々と人員削減を発表し、今年度中に三万人の失業者が出ると言われているこの厳しい雇用状況の中、いつ契約非更新になるかとビクビクしながら暮らしている身としては、有り難くお受けする(以外の選択肢はないです)。
「えーと通年で週一コマだったか、二コマだったか。ちょっと今忘れたけど」
先生、一コマと二コマじゃえらい違いですよ。まあ年間の差額はたぶん20万ちょっとくらいですけど、大きいんですよその20万円が!(私にとっては!!) と言いたいのを堪えて「もちろん喜んでやらせて頂きたいです」と申し上げる。二日後、教務から教授会に出すための履歴書用紙が送られてきた。


久しぶりに履歴書を書くことになった。
大学卒業してから26年、ずっと非常勤(+他の不定期バイト)で来た。美術系予備校講師を約13年、その後は大学と専門学校の掛け持ち。
大学で担当した科目は、現代美術演習、立体造形、デザイン基礎(平面構成とかいろいろ)、図画工作、保育内容研究(幼児向け演劇などの指導)、保育内容演習(図画工作とほぼ同じ)、ジェンダー入門。一つの大学で、こんなにあれこれバラバラな授業を受け持ってきた非常勤もあまりいないと思う。自分でも何屋さんだかわからない。
履歴書の下書きしていて途中で混乱してきた。えーとこの授業は何年から何年まで担当してたんだっけ。これと平行してたこれは何年やったっけ。昔の手帳をひっくり返す。


無駄に行数が多く、何とも締まりのない、ランクアップ感もアピール性も欠如した49歳の履歴書。
そう言えば年収が一番マシだったのは10年以上前だ‥‥キビしいなぁ‥‥これで、私よりはちったー稼ぎのある予備校非常勤の夫が突然解雇とかされて‥‥その後仕事が見つからなかったら‥‥いっそ家売っちまいますかね‥‥ どうせ土地代だけだけど‥‥んでローンの残り返して‥‥たいして残らんな。
などと考えていたらとてもヒンヤリした気分になってきたので、さっさと印を押して封をする。
おやもう夜中の二時。表の通りを走る車の音もめっきり途絶えた模様。
静かだ。     


‥‥ん? 


どこからか、スー、 ピィ、 スー、 ピィ‥‥ という、微かな音が。
この部屋の中。ヤカンの音ではないし。


正体は猫だった。
ストーブの前のバスケットの中で丸くなった、タマの鼻孔のあたりから聞こえてくる。


スー、 ピィ、 スー、 ピィ、 スー、 ピィ、 スー、 ピィ、 スー、 ピィ、 スー、 ピィ、 スー、 ピィ‥‥


仔猫がこんな、人間の子どもみたいな寝息を立てるとは知らなかった(にしても「ピィ」て。鼻詰まってないか)。
何の夢を見ているのだろう。きっと部屋の中を三次元で走り回ってる夢だ。


タマはずっとこの家に住みたい?
あしたも遊ぼうね。