また逢う日まで

前記事で触れた女装するおじさんについてぼんやり考えていて、思い出したのが映画『メゾン・ド・ヒミコ』(2005、犬童一心監督)です。

メゾン・ド・ヒミコ 通常版 [DVD]

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ゲイの老人ホームを主宰する、癌で余命幾ばくもない元ゲイバーの"マダム"ヒミコ(田中泯)、彼の愛人の青年、春彦(オダギリジョー)、ヒミコの娘、沙織(柴崎コウ)の三者の関係を軸に、年老いたゲイ達のコミュニティが描かれています。
この中に、いつもは男の格好をしているけれども、実は美しいドレスが大好きな山崎さんという中年男性が登場します(演じる青山吉良は実際にカムアウトしているゲイ)。ゲイとなって家族を捨てた父を嫌悪しつつ、春彦に是非にとせがまれて借金返済のためにホームでバイトすることになった沙織と最初に打ち解けるのが、この山崎さん。
「死ぬのは怖くない。死んでしまえば、ドレスが似合わない自分を悲しくなることもないじゃない」と、山崎さんは沙織に言います。


自分で作ったきれいなドレスを自分には似合わないと諦めている山崎さんにオシャレをさせて、沙織とホームの仲間たちはダンスホールに行きますが、そこで昔いた会社の人に見つけられ、散々嘲笑されて山崎さんは激しく傷つきます。
確かに一生懸命メイクもして一張羅で着飾っているのだけど、その姿は「美しい」とは言えない。女装が板についていないちょっと太めのおじさんそのもの。
すっかり意気消沈した彼を元気づけようと、仲間の一人がダンスフロアに引っ張り出します。フルメンバーによるダンス。ミュージカルの一シーンのような、この映画の中でもっとも盛り上がる場面です。柴崎コウオダギリジョーのツーショット(ぎくしゃくしていた二人の心が一瞬通い合う)を中心に撮影されていますが、その後ろで白いイヴニングドレスの裾を翻し、夢中になって踊る山崎さんがとてもイイ。
別に美しくなくたって、ドレスが似合わなくたっていいじゃないか。自分で作った一番好きなドレスを着て弾けて踊る、その「今、ここ」の喜びに満ち溢れた山崎さんの姿が、抱きしめたくなるほど可愛いです。



さて、このダンスシーンで流れるのが『また逢う日まで』(ややアップテンポのremixバージョン)。新人歌手の尾崎紀世彦が、いきなりトップ歌手の座に躍り出るきっかけとなったレコード大賞日本歌謡大賞受賞曲。名曲ですね! 
以下Wikipediaより。

この曲はもともと三洋電機のルームエアコン「健康」のCMソングの候補曲として作られたものであった。筒美京平が作った曲にやなせたかしの歌詞を付けたものを槇みちるが歌ったが、スポンサー側の方針変更により最終段階でボツとなった。その後、この曲に阿久悠安保闘争で挫折した青年の孤独をテーマにした歌詞を付け、『ひとりの悲しみ』というタイトルで、コーラスグループのズー・ニー・ヴーにより1970年にリリースされたがヒットにはならなかった。後日、三度目のリメイクの話が持ち上がり、この曲を歌うことになった尾崎のために、阿久が新たに詞を書き換え『また逢う日まで』としてリリースされた[1]。なお、阿久にとっては初のレコード大賞受賞曲である。


『「企み」の仕事術』(KKロングセラーズ、2006)の中で阿久悠は、歌詞についてこう書いています。

 それまでの歌謡曲では圧倒的に男が去って、女が追いすがりながら取り残されて嘆く。そんな歌で占められていたと思う。しかし、実際は違うのではないかと思っていた。失恋にしてもいろいろな形があるのではないか。
 そこで、部屋を同時にふたりで出て行こう。西部劇の決闘のごとく、同じスピードで左右に別れ、何歩進んだ時同時に振り向いて手を振り、そうして角を曲がればもう相手の姿は見えない。そんなふうに別れるのが一番幸せなのではないか。
 そういう発想で作ったのがこの歌だった。


阿久悠の別れの歌でそうした矜持(というか、やせ我慢)を歌ったものと言えば、『ジョニィへの伝言』(歌:高橋真梨子)や『勝手にしやがれ』(歌:沢田研二)を思い出します。前者は女、後者は男が、相手に対して思い切りカッコつけてます。カッコつけて強がっている。なぜなら内面が柔だから。
また逢う日まで』もそういう歌です。歌詞、メロディともに一抹の寂しさや哀しみをたたえながらも、きっぱり前向きでエネルギーに満ちています。
ゲイの人達がノンケの客に混じって楽しそうに踊るシーンに、この曲が妙に似合うのは何故か。映画で、彼らの陽気で時にカッコつけて強気な姿勢の中に、内面の柔さや寂しさや哀しみが隠されているさまが描かれているからです。
逆に言えば、それ以上のガツンとくるようなリアリティはやや希薄な作品とも言えますが、白いスーツ姿がセクシーなオダギリジョー初め、役者の好演ぶりは一見に値します。



ちなみに、偉大なるヴォーカリスト尾崎紀世彦の『また逢う日まで』をもしご存知ない方は、是非動画を検索してご覧になって下さい。若かりし頃のも幾つか出ています。この声、この顔、このもみあげあっての曲だと思えてくるほど素晴らしいです。
りばいばる 歌謡曲編 尾崎紀世彦