連載更新。「病む女」をテーマにミヒャエル・ハネケの『ピアニスト』。

WEBスナイパー(18禁サイト)に連載の映画エッセイ「あなたたちはあちら、わたしはこちら」第十一回がアップされています。


ピアニスト [DVD]

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ミヒャエル・ハネケ監督と言えば、観る者にかなり心理的負荷をかける作風で有名。私も『ファニー・ゲーム』でかなりやられました。
今回取り上げる『ピアニスト』(2001)も苦笑が次第に強ばっていくような鬱展開ですが、私にとっては特別刺さる、刺さり過ぎて痛くて出血が止まらない(←大袈裟)作品で、長い間感想を書くことができませんでした。
その理由は、テキスト冒頭に書いております。主人公エリカの病理は、私の病理です(性的嗜好のことではなく)。長い間自分に取り憑いていたトラウマを乗り越えてかなり経った今、ようやく真正面から腰を据えて書いてみました。


ブラック・スワン』と似ているところもあって、「毒母」問題という切り口で取り上げられることも多いかと思います。直接的にはそういうものが描かれていますが、その裏にあるのは「不在の父」をクラシック音楽の「偉大なる父」に求めて「男」を内面化した「父の娘」の悲劇だと思います。
これから観てみようという方のために付け加えれば、メンヘラな主人公に次第に共感させていくタイプの映画ではありません。最後まで恐ろしいほど突き放した描き方がされており、アレな場面も結構あるので好き嫌いは分かれるでしょう。


40歳くらいのヒロインを演じたイザベル・ユペールは、この当時50歳に近かったと思いますが、美しいですね。*1 前半ほぼノーメイクで、ソバカスも堂々と晒しています。
非常に幅広い役柄を演じられる人ですがそれにしても、よくこんな難しい、一歩間違えば女優生命に関わるような役を引き受けたものだと、その勇気と演技の徹底ぶりに驚かされます。クールな美貌が息を呑むほど激しく歪むラストのあの場面、映画史上に残る名シーンではないでしょうか。
相手役の青年を演じたブノワ・マジメルもこの作品で初めて知りましたが、アラフォー女の心に入り込む才気溢れるイケメンの純粋さと残酷さを、実にリアルに演じています。2001年のカンヌ国際映画祭でグランプリ、主演女優賞、主演男優賞を授賞。


ピアノ曲を始めとしたクラシック音楽が演奏される場面がたびたびあり、それが登場人物の感情とシンクロしているところが見事です。
特に、シューベルトの「ピアノ三重奏曲第2番第2楽章」の使い方が出色(キューブリックの『バリー・リンドン』で、主人公バリーがリンドン夫人を誘惑する台詞のない長丁場で使われていたことで有名)。ここでは、背景の変化と共に次第にちょっと皮肉なムードを漂わせる一方、一流のソロピアニストにはなれなかった中年の音楽教授、エリカの孤独も伝えているかのようです。



この曲をエンドレスで流しながら、イラストを描きました。テキストと合わせてお楽しみ下さい。
「あなたたちはあちら、わたしはこちら」第十一回 病む女



●おまけ
ピアノの試験の場面(シェーンベルクラフマニノフシューベルトなど/字幕ロシア語)。ひっつめ髪と地味な服装が似合う鬼教授が、学生の演奏に魅せられて内心動揺。


●重要な場面で使われているブラームス弦楽六重奏曲 第1番 第2楽章」。いよいよメロドラマが始まるかと思っていると、そうは問屋が卸さず。
(↓映画の動画ではありません)

*1:去年公開された『ヴィオレッタ』の自分勝手なアーティストの母親役もケバいファッションが似合って良かったが、4月公開の『間奏曲はパリで』、予告編観たらとってもチャーミングだった。