固有名詞が出てこない

よく知っているはずの固有名詞、特に人名が出てこなくなるという脳の老化を初めてはっきり自覚したのは、10年くらい前、40前後の頃だった。
今でもよく覚えているが、友人二人とラーメン屋に入って映画の話になり、ある女優の名が思い出せなくなった。私より7歳くらい若い二人も同様。三人一緒に記憶の真空ポケットに落ち込んだように、誰一人その女優の名が出てこない。今ならケータイをネットに繋いで調べたりするかもしれないが、当時まだそういうのはなかった。
「なんだっけなー」
「喉元まで出かかってる」
「有名な人なのになー」
こういう時、本当に落ち着かない。
とうとう「よし、もうAに電話して聞こう」とB君が言い出した。A君は歩く映画百科みたいな人で、聞けば何でもサッと出てくるのですぐわかるはずだ。
「もしもし、ちょっと忘れたから教えてほしいんだけど、『クレイマー、クレイマー』の女優って何て言ったっけ?‥‥‥そうだメリル・ストリープだ! うんそれだけでいいんだ、サンキュー、じゃね」
実は、今このエピソードを書いている最中にもメリル・ストリープの名をど忘れしてしまい、思わずネットで調べた。重症である。


親しい人とのお喋りならまだいいが、講義中もたまに、これから話そうとする話題の中の固有名詞をど忘れしてしまうことがある。その話題を後回しにして、別の話で時間を稼ぎながら、頭の片隅で必死に思い出そうとする。そろそろその話に繋げないといかん。だがなかなか出てこん。ヤバいよヤバいよ。
そんなのノートに書いておけばいいのに? もちろんノートは作るが、話しながらふと思いついたり、「あ、あの話をこれに絡めてすると面白いかも」というノリになったりすることが時々ある私としては、準備した以外の話を一切しないというやり方ができない。なので脳の検索機能がしっかりしててくれないと、時々困ったことになるわけです。
少し前にNHKの『ためしてガッテン』でやっていたが、一度記憶したことは必ず脳に保存されており、年齢と共に、そこから検索してくる機能だけが衰えるのだという。アーカイブはあるのに、見つけられないのだ。もどかしい話である。


何故か10年前と似たパターンだが、先日、夫とラーメン屋で映画俳優の話になった。
「今、中年の日本の俳優って誰が有名なんだ」
「一杯いるじゃん、阿部寛堤真一佐藤浩市‥‥(一杯いると言ったわりには、すぐ出たのがこれだけ)。あとほれ、あの、『たそがれ清兵衛』の人。最近あまり見ないけど」
「あー」
手塚理美の元旦那」
「えーと。もともとアクション系の奴だろ、千葉真一みたいな」
「千葉‥‥古‥‥。なんだっけ、なんか結構カッコいい名前じゃなかった?」
「おう」
「ほら、あれ」
厭ですねえ、歳を取るということは。


「あ‥‥‥‥い‥‥‥‥」と夫が呟いた。
「う‥‥‥‥え‥‥‥‥お‥‥‥‥か‥‥‥‥き‥‥‥‥」
始まった。忘れた単語を思い出す時の、この人の癖である(こういう人、他にもいるのだろうか)。確かにすべての言葉の音は、五十音のどれかから始まるからね。どこかでピクッと反応できればしめたものだ。私も真似した。
「さ‥‥‥‥し‥‥‥‥す‥‥‥‥せ‥‥‥‥そ‥‥‥‥」
「た‥‥‥‥ち‥‥‥‥つ‥‥‥‥て‥‥‥‥と‥‥‥‥」
「な‥‥‥‥に‥‥‥‥ぬ‥‥‥‥ね‥‥‥‥の‥‥‥‥」
さぞかし怪しい二人だったと思う。深夜のラーメン屋で中年の男女が、眉間に皺を寄せあらぬ一点を見つめながら、五十音をボソボソ唱えているのである。
とうとう「や‥‥‥‥ゆ‥‥‥‥よ‥‥‥‥わ‥‥‥‥」まで来てしまった。ピクッとなるべきところを鈍感にも通過したということだ。店を出た。家に着くまでにどうしても思い出したい。
車を運転しながら夫が言った。「ショー・コスギ
「ちょ、その、いくらアクション系だからって」
「違うけど言ってみた。種類、近いだろ」
「種類w」
ラスト・サムライ
「出演作ね。ああちくしょう、なんで名前出てこんの」
そのうち二人ともだんだん無口になってきた。


家の前に車を停めるためにハンドルを切りながら、夫が「さ‥‥わ‥‥」と言った。
「さ、わ?」
「さっ、真田広之 !!!」
「それだーーーーーっっ」
「家に着く前に思い出せた」
「良かった良かった」
(でも「わ」って何だったんだろう)


なんだか、とても馬鹿馬鹿しいことに時間とエネルギーを使っているようにも思われる。でも、思い出せなかったら後回しにせず、その場でなんとかして思い出した方がいいらしい。そうしないと、ますます脳の検索機能が衰えるという話を聞いたことがある。
それで粘ってみたのです。まあ無駄な足掻きかもしれませんが。