口腔の欲望

子どもの頃のアルバムの中の一枚。幼稚園に上がる少し前頃の私が、部屋の中で子ども用の揺り椅子に座り、両手に抱えた哺乳瓶に吸い付いている。とっくに乳離れしている年齢である。
母の話によれば、2歳下に妹が生まれ、彼女が哺乳瓶でミルクを飲み始めた時、自分も同じように哺乳瓶で飲みたいと言い出した。「もうおねえちゃんなのに、赤ちゃんみたいでおかしいよ」と言われても、どうしてもと聞かない。仕方なく、普段飲んでいる牛乳や麦茶(麦茶まで哺乳瓶で飲みたがった)を哺乳瓶に入れて与えたと。
父が「それで麦茶飲むとおいしいかい?」と尋ねると、私は「おいしい。おっぱいの味がする」と答えた。もちろん覚えていない。全部親に聞いた話である。


写真の中の幼児の私はだらしなく足を投げ出し、陶然とした表情で哺乳瓶に吸い付いている。その赤ちゃん返りした様子が面白かったので、父が写真を撮ったのだろう。
それまで一人っ子で母を独占していたのが、母が妹を構うようになり、自分の方は何かにつけて「もうおねえちゃんだから」と言われるようになった。その不安が、妹と同じ身分、つまり構われる一方だった昔の赤ちゃんの身分に戻りたいという欲求になったのかもしれない。
そして、口腔の快楽。正確には「おいしい」ではなく、「気持ちいい」だったはずだ。


実はそれの少し前から、指吸いの癖も始まっていた。母親の乳首や哺乳瓶を比較的早く卒業した乳幼児が、引き続き口腔の快楽を求めて指吸いをすることがあるそうだが、妹の誕生によって、私はフロイトが言うところの口唇期に逆戻りしていたようだ。
親に「やめなさい」と言われるとその時はやめるが、また気付くと右手の親指をチュウチュウ吸っている。「まーたお指吸ってる!」と叱られると、左手で自分の目を隠して吸い続けたという。なぜそんなことをする? 母によれば、その時の私は自分が何も見えなくなると相手も何も見えなくなると思い込んでいたらしい。自分は見えない状態でも相手は自分の姿を見ている、ということが理解できなかった。つまり自他の区別ができていなかった。


その後、自分の目を塞いでも親にはしっかりバレているということを学習し、カーテンに隠れて指吸いをするようになった。このあたりは、カーテンの模様とともにおぼろげながら覚えている。
指を吸っていると気持ちいい。でもこれはいけないことらしい。見つかると怒られる。だから隠れてしよう。オナニーを覚えたのと同じである。
はっきり記憶にあるのは、ある時からその親指に包帯を巻かれたこと。親は何としても娘のオナニーを、いや指吸いをやめさせねばと思っていた。幼稚園年長組になった私の親指には、吸い過ぎのために不格好なタコまで出来ていたのである。
包帯を巻けば吸いにくくなると母に教えたのは、親戚の伯母。白い包帯をグルグルに巻かれた親指を、恨めしく見ていたことを覚えている。その伯母に、「もう来年小学校なのに、そんなタコが出来てては恥ずかしいよ」ときつく言われたことも。


包帯が功を奏したのか知らないが、小学校に上がる頃には指吸いは止んでいたように思う。ただタコはなかなか消えず、その痕跡が思春期まで残っていた。
口唇期が長引いた子ども、つまり口腔に快楽が固着した子どもは後に爪噛みをしたり、タバコやアルコールに依存したり、甘えたがりの性質になる可能性があるそうだ。
私は中学から高校にかけて爪を噛む癖があり、いつも爪の形がガタガタだった。タバコと酒をほぼ同時に始め、タバコは既に止めたが酒は飲み続けている。子どもの頃、妹のままごと遊びにつきあう時は必ず赤ちゃん役で、それが妙に心地よかった。今は家の中で夫と猫に、とても人には言えないような甘え方をして煩がられている。
ただ最後のは、「自立」「自立」と言われてきた世代が歳を取って、タガが外れ始めた(自他の区別をしない)ということもあるかもしれない。