WEBスナイパー(18禁)に連載の映画エッセイ、更新されました。
「あなたたちはあちら、わたしはこちら」第八回 寡黙な女
今月半ばに亡くなった高倉健は日本独特の無口なヒーロー像を確立した俳優でしたが、無口且つ普通の人を描いて右に出る者のいない監督と言えば、フィンランドの奇才アキ・カウリスマキ。
「今いちサエないうらぶれた男たちが主役」というイメージの強いカウリスマキの作品。その中にも、『マッチ工場の少女』(1990)、『浮き雲』(1996)など女性がメインの映画があります。この二作品で主人公を演じているのが、カティ・オウティネンです。他のカウリスマキ映画でも重要な役を多数演じてきた女優さんですね。
今回取り上げた『浮き雲』は、「カウリスマキは初めて」という人に一カウリスマキファンとして是非おすすめしたい作品。なんとなく、今の季節にぴったりです。内容は、いやもう身につまされます。。。*1
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裏が『浮き雲』。
街の片隅でつましく生きる労働者たち。真面目だが不運な男と女。彼らにはこれでもかという災厄が降り掛かる。でも無口で不器用な登場人物は、大声を上げて言い争ったりワンワン泣いたりすることはなく‥‥。
淡々とした会話と絶妙の間、一見無表情のようで味わい深い俳優たちの演技、説明臭さを徹底して省いた演出と、独特のユーモアセンスなど、他のカウリスマキ作品と共通したオフビートな味わいの中で、「寡黙な女」(実際にはそこそこ台詞はありますが、だいたい1単語乃至は1行で終わる)カティ・オウティネンの地味な魅力が光っています。
夫を演じるカリ・ヴァーナネンも渋くてどこか可愛げがある。渋カワの魅力。そして犬がまた!‥‥たまりません。
余談ですが、カウリスマキ作品には犬が重要な役割でよく登場し、『過去のない男』(2002)に出演した監督の飼い犬タハティは、カンヌ国際映画祭で「パルムドッグ賞」(笑)を授賞しています。
ちなみに同作品はグランプリと最優秀主演女優賞(カティ・オウティネン)も獲得していますが、『浮き雲』も、女優と犬に賞をあげたくなる作品だと思います。
作品の色彩は鮮やかな青と深い赤が印象的で(監督は小津ファンなので赤いケトルが登場)、音楽も素晴らしい。
黒人ピアニストのナット・キング・コールを彷彿とさせるプレイから始まり、要所要所に挿入されるチャイコフスキーの交響曲第6番が、この90年代フィンランドの「失業物語」にどこか普遍的な香りを与えています。特にカティ・オウティネンが求職に奔走するバックに、第2楽章の主旋律が静かに絶望的な感じで流れるところは、何回聴いてもゾクゾクします。
レストランの最後の日のバンド演奏と歌もシビレます。台詞が少ない分、音楽に語らせるカウリスマキの選曲センスは脱帽もの。
今回テキストを書くため久々に見直しましたが、それが引き金となってこの2週間は、自宅で「カウリスマキ祭り」(DVDで17作品を通して鑑賞。特に好きなのは2回観る)をやっていました。至福のひととき。改めて、死ぬまで何度でもカウリスマキを観たい、『浮き雲』はあと10回は観たい、弱った時にはカウリスマキ!と思った次第です。
そんなわけで、イラストもいつも以上に気持ちを入れて描いております。どうぞお楽しみ下さい。
「あなたたちはあちら、わたしはこちら」第八回 寡黙な女
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個人的おすすめ・その他のカウリスマキ6作品(制作年順)
★『真夜中の虹』(1988) 失業者の踏んだり蹴ったり物語第一弾。ハードボイルドな会話。子役が素晴らしい。
★『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』(1989) 一角獣のようなリーゼントスタイルと尖り過ぎの靴のフィンランド人が、演奏するのはロシア民謡。日本で初めて公開されたカウリスマキ作品。嵌りました。
★『マッチ工場の少女』(1990) ミニシアターで観た時は衝撃的だった。この一作で、カティ・オウティネンは私の中で忘れ難い女優に。
★『ラヴィ・ド・ボエーム』(1992) パリのボヘミアンたちの物語。「ダメな奴ら」を描くカウリスマキの真骨頂。犬も実にいい味。最後に日本贔屓の監督ならではのサプライズ(日本人にとって)がある。
★『愛しのタチアナ』(1994) フィンランド版・究極の非モテ映画。マッティ・ペロンパー最高。オウティネンが可愛い。
★『ル・アーヴルの靴みがき』(2011) 弱い者がさらに弱い者を助けようとする物語。老人たちがいい顔している(犬も!)。
ソ連邦崩壊から2年後の1993年にヘルシンキで行われた、旧ソ連赤軍の退役軍人からなるアレクサンドロ・レッド・アーミー・アンサンブルとレニングラード・カウボーイズの歴史的&奇跡的ジョイントコンサート「トータル・バラライカ・ショー」の模様。
監督たちへのインタビュー映画『小津と語る』(監督:田中康義、1993)より、小津安二郎を敬愛するカウリスマキが、映画作家としての決意を亡き「オヅサン」の写真に向かって語りかける。胸を打たれる。冒頭とラストの風景シーンはフィンランドの街だが、明らかに小津映画を意識している。
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