なごやトリエンナーレについて『情況』2019秋号に寄せたテキスト

あいちトリエンナーレ2019と同時期に開催された「なごやトリエンナーレ」について、『情況』2019秋号の「あいちトリエンナーレ逮捕事件の真相 謎の団体を解剖する! なごやトリエンナーレ」というインタビュー記事の後に、論評「「なごやトリエンナーレ」への視角」としてテキストを寄せています。

発売から一ヶ月以上経ちましたので、こちらに拙テキストの全文を掲載しておきます。

 

 

 

 

受動的「自由」の拒否から立ち上がる世界への「強制」

 

 

芸術は能動的な行為とされている。美術ならば物やイメージに働きかけ、その結果としての作品によって観客や社会に働きかける。今年のあいちトリエンナーレはまさにそのような芸術の能動性を寿ぐものだった。だが「超芸術」を標榜するなごやトリエンナーレに、芸術的能動性はない。唯一の能動的行為として当初からあったのは、サイトに掲載された「無上の時代」というステートメントのみである。

731日に芸文センター横で行われた「騒音の夕べ」は一見能動的な行為に見えないこともないが、それは路面とサンダーとの接触音を増幅して撒き散らすという点だけであり、電極を繋いだ絵筆の震えに任せたペインティングや音に同期して痙攣するヌイグルミは、受動態そのものであった。そして、歩道に落ちた絵の具の跡を掃除するよう芸文センター職員に命じられて仕方なく従うという受動の延長線上に、「水=ガソリン事件」は起こっている。

その前、芸文センターのあいちトリエンナーレ会場前での二人のメンバーによる「津田さんに呼ばれて来た」という言明も、まさかこうしたグループだとは知る由もなかったあいトリ芸術監督からの友好的なツイートを、唯一の根拠にしていた。つまり彼らの行為は、芸文センター及びあいちトリエンナーレの側がうっかり撒いた種(言葉)を、一種の「強制」と受け取ることによって発動している。

なごやトリエンナーレにおいて「超芸術監督」は人ではなくヘルメットを指し、実質的にはその時ヘルメットを被った者が超芸術監督を名乗るという。また「超現場監督」の腕章を付けた者がいるところが、会場となる。「超」のつかない方の芸術祭では「芸術監督」の固有名が重要とされ、展示会場=「現場」はあらかじめ決められた空間だが、なごやトリエンナーレはそうした固有性、限定性、芸術の名の下の特権性からは自由だと言えよう。

この自由さは芸術の掲げる「表現の自由」とは異なる。その自由の真の意味、言って良ければ「野蛮」さは、名古屋市東警察署に拘留された自称・室伏良平が接見で開口一番に放ったという、「なごやトリエンナーレ会場にようこそ」という言葉に端的に現れている。官の権威や警察権力との遭遇から生じた拘留という究極の受動態がここでは、「主体はこちらにある」ことを前提した言葉によって一気に能動態に逆転されていることに注目したい。

これは言葉による政治的関係性の乗っ取りであり、言葉で自己規定することによってのみ孤独に立ち上がってくる世界への「強制」であり、受動性の中にあるのは他でもない「表現の自由」を巡る許可/不許可に揺れる芸術の方であることを、逆照射するものだ。「超芸術監督」や「超現場監督」にせよ、事態の変化に応じて次々出される「声明文」や「獄中通信」にせよ、自らの言葉への律儀なまでの義理立ての結果、なごやトリエンナーレは形式のレベルで芸術や芸術祭を破壊している。

道路の掃除をハイレッドセンターの「首都圏清掃整理促進運動」のパロディとして、芸文センター内への掃除の延長をかつて愛知県美術館にゴミを作品として展示して撤去された「ゴミ事件」のネガ行為として見る向きもあるかもしれない。あるいは「超芸術」という言葉に赤瀬川原平の影響を、「声明文」のスタイルにダダや未来派が想起されるかもしれない。だがその表面がいかに前衛芸術を模しているかに見えても、彼らはかつての前衛を、芸術の名において継承する者たちではない。ここにあるのは不完全ながら、政治的問題を取り扱う昨今の芸術とは真逆の、受動的「自由」を拒否し能動の極地の「強制」を選択した、芸術に擬態したまだ見ぬ政治の体現である。

 

大野左紀子 

オダギリジョーと西島秀俊の絡みが何気に素晴らしい『メゾン・ド・ヒミコ』(連載更新されました)

映画から現代女性の姿をpickupする「シネマの女は最後に微笑む」第49回は、2005年の邦画『メゾン・ド・ヒミコ』(犬童一心監督)を取り上げています。

全体に、ゆったりとした「行間」が取られ、そこで登場人物の心理を想像させるという日本映画らしい作り。やや冗長なところはあるものの、ヘテロの世界とセクマイの世界の人間模様や介護の問題も入って、さまざまな世代の人が登場する作品として楽しめます。

 

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映画祭などのスナップ写真を使用しているこの連載の画像、今回は使えるものがなかった(スチール写真は著作権の関係で無理らしい)ようなので、出ているのは主演の柴咲コウの多分最近の写真です。

この映画では外見的にパッとしない若い女という設定で、劇中何度も「ブス」とか言われるし、頑張って地味に作っているのだけど、元が美人なので実はあまり効果が出ていません。

上司役の西島秀俊が、オダギリジョーに「吉田(柴咲)の彼氏だと思ってましたよ。あいつにしてはいい男捕まえてんなって」と言うけど、いやどう見ても人目を引く美男美女でお似合いだよ、と突っ込み入れたくなります。

 

ただ、田中泯柴咲コウの親子はベストだなぁと思わされます。眉が濃く目力が強いところがそっくり(劇中でも「よく似てるわねぇ」という台詞がある)。

まだ俳優をされる前の舞踏家としての田中泯さんに、昔一度お会いしたことがありますが、カッコよかったですねぇ。この作品でも、病人の役ながら立ち姿がスッとしていてさすがです。

 

私の好きなシーンは、白いスーツのオダギリジョーと黒いスーツの西島秀俊が並んで会話を交わすところ。ゲイの役のオダジョーがノンケの西島に微妙に探りをいれる。西島は淡々と答え、最後に笑い、オダジョーも微笑む。バックは夏の空に入道雲。‥‥なんかいいんだよねあそこ。

一緒に「飯食う」くらいには親しくなったオダジョー演じる春彦と西島秀俊演じる細川の、友情以上恋愛未満のドラマをスピンオフで見たい。

 

この作品、授業で何度も扱っているのですが、あの悪戯中学生を「怒られて改心した良い子」と解釈したり、バス停への道で沙織(柴咲)が泣いた理由が春彦(オダジョー)への恨みや失望だと思ったり、最後の壁の落書きを誰が書いたかわからないという学生が毎年少数ながら出るのが、うーん‥‥と思います。それ、わからないかなぁ。

 

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なぜ毎晩同じ夢を見るのか?彷徨う二人の『心と体と』(連載更新されました)

映画から現代女性の姿をpickupする連載「シネマの女は最後に微笑む」第48回は、『心と体と』(イルディゴー・エニェディ監督、2017)を取り上げています。

深い森の中で寄り添う二頭の鹿/屠殺場で解体される血塗れの牛肉‥‥という対比的映像の鮮烈なイメージをバックに、毎晩なぜか同じ夢を見る、出会って間もない男女のもどかしい関係を描くハンガリー映画

 

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画像は毎回編集者が調達することになっていますが、おそらく第67ベルリン国際映画祭コンペティション部門で金熊賞を受賞した時のものかと思われます。

ただ、アレクサンドラ・ベルボーイの隣にいるのは、同じく主演のゲーザ・モルチャーニではなく、重要な脇役を演じたエルヴィン・ナジ。彼の役は、食肉工場に後から入ってくる屠殺係で、ある事件の犯人と目されます。どんな職場にも一人くらいいそうな、ちょっとアレな感じの男をうまく演じています。

 

一方、大きな瞳が印象的なアレクサンドラ・ベルボーイの演じるマーリアは、心の内をなかなか明らかにしない、特殊な事情も抱えた難しい役。防御壁を作って閉じこもりがち彼女も、周囲から見たら一種の「困った人」になるでしょう。

マーリアは最後に大胆な行動に出るのですが、その相手役の中年男エンドレを演じるゲーザ・モルチャーニがとてもいいです。出過ぎず、かといって冷淡でもなく、抑制の効いた言動の中に、中年男の葛藤と諦観とちょっとした生々しさを滲ませていて、非常にリアル。

「性」をテーマにして一風変わった設定の、ユーモアの中にデリケートな視点の感じられる佳作です。

 

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プライドと理想が高く愛想と口が悪く世渡りの下手な一匹狼のすべての職業人に(連載更新されました)

映画から現代女性の姿をpickupする連載「シネマの女は最後に微笑む」第47回がアップされています。今回取り上げたのは、『ある女流作家の罪と罰』(マリエル・ヘラー監督、2018)。

 様々な賞にノミネートされた佳作ですが、日本では劇場公開されてない模様。自伝を元にした、文書偽造を巡る苦味とユーモアの効いたドラマです。

 

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中年の主人公は、かつてはヒットを飛ばしたものの今は不遇の孤独な伝記作家。共感できるかも‥‥と一瞬思うこちらの出鼻を挫く性格の悪さ、見てくれのダサさにドン引きしつつも、ブラック風味な展開に引き込まれ、気づいたら彼女の犯罪を応援したい気分になってしまっています。ヤバい。

 

コメディエンヌとして有名なメリッサ・マッカーシー、シリアスとコメディ半々の演技が素晴らしいですが、それにも増して、リチャード・E・グラントが演じる能天気なゲイのイカサマ師のキャラが最高です。この二人の、喧嘩しながらも通じ合っていく感じがまたいい!

 

わがままでプライドと理想が高く、迎合も妥協も一切したくないが、愛想と口が悪く世渡りの下手なすべての1匹狼の職業人にオススメします。

 

 

 

 

 

彼女はレイプ犯と何を「共有」したのか‥‥ 『エル ELLE』(連載更新されています)

映画から現代女性の姿をpickupする「シネマの女は最後に微笑む」第46回は、イザベル・ユペールが被害者然としないレイプ被害者を演じて話題になった『エル ELLE』(ポール・バーホーベン監督、2016)を取り上げています。

 

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バーホーベンらしいコッテリ風味にスピード感が加わった、ミステリー仕立てのドラマ。登場する男たちが皆それぞれ問題を抱えていたりして、いわゆる「普通」の人が出てこない捻くれた設定ではあるものの、犯人は割と早い段階でわかります。

激しい暴行場面が何度もありますが、レイプ犯罪を告発していくといった内容ではなく、むしろヒロインとレイプ犯との間に「共有」されるものが問題となります。ヒロインの行動の動機も最初はなかなか読み取るのが難しく、好みは分かれるかもしれません。

 

やはりクールさが魅力的なイザベル・ユペールでなくては‥‥という映画です。還暦過ぎてよくこの役を引き受けたなと、チャレンジングな姿勢に感嘆。自分を陥れた若い部下への対応などゾクゾクします。

拙書『あなたたちはあちら、わたしはこちら』では、ユペール主演の傑作『ピアニスト』について、彼女の魅力とともにたっぷりと書いてます。イラストも。どうぞよろしく。

 

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あなたたちはあちら、わたしはこちら

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カジノに集まるアメリカ富豪の闇が興味深い『モリーズ・ゲーム』(連載更新されています)

映画から現代女性の姿をpickupする「シネマの女は最後に微笑む」第45回は、横浜市のカジノ誘致の件を枕に、ジェシカ・チャステインがカジノの経営者を演じた『モリーズ・ゲーム』(アーロン・ソーキン監督、2017)を取り上げています。

 

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実話(自伝)が元になっています。

ジェシカ・チャステインは、去年取り上げた『女神の見えざる手』の敏腕ロビイストと、かなりキャラがかぶっています。決定的なダメージを相手に与えず、罪は罪として受け止めるという清々しい姿勢も共通項。

こういう頭が切れて鋼のような女の役が、非常に良く似合う女優ですね。顔が濃くないところが逆に怜悧で抑制された雰囲気が醸し出されていると思います。

 

ヒロインの行動に影響を与える父親との関係性が通奏低音のようにあり、同じく「父の娘」である私には、とりわけ前半で刺さる場面が結構ありました。

後半は、夜な夜なカジノに集まるアメリカの富裕層の病み(闇)っぷりが見どころです。

 

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これまで連載で取り上げた映画一覧はこちら。

大野 左紀子 | Forbes JAPAN(フォーブス ジャパン)

「錆と骨」の方がずっといいタイトルだが邦題は「君と歩く世界」(連載更新されています)

先月下旬はお盆でお休みだったわけではないです。バタバタしておりまして、告知をすっかり忘れてました。

このブログ、連載のお知らせだけになったとは言え、また読んでいる方も少ないとは言え、一ヶ月も放置はよくないですね。すみません。

 

映画から現代女性の姿をpickupする「シネマの女は最後に微笑む」第44回は『君と歩く世界』(ジャック・オーディアール監督、2012)を取り上げています。

 

 

原題はDe rouille et d'os。英題はRust and bone。この「錆と骨」の方が、「君と歩く世界」よりこの作品の世界観を正確に表していると思うのですが、どうして邦題はこういうフンワリ系になってしまうのか。

 

ところで今回は例外的に、男性が主人公です。シングルファーザーの失業者を演じるマティアス・スーナールツの、繊細な演技が見所。幾分粗野で優しいところもあるが愛を知らない男の、徐々に哀しみを醸し出してくるあたり、非常にいいです。

クレジットでは、大女優となったマリオン・コティヤールの方が先になってます。もちろんコティヤールも文句なしに素晴らしい。

 

出会っているのに微妙なところですれ違ってしまう男女の物語を通して、「身体とは?」という問いかけが浮かび上がってきます。

結構ハードな場面もありますが、南仏の光に溢れた映像とダイナミックなカメラワーク、意表を突く展開に引き込まれます。おすすめ。

 

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