12月の怪現象

毎年のことだが、冬にはよく御葬式の回覧板が廻ってくる。一冬で五回くらい廻ってきた年もある。町内の老人が冬を乗り切れずに亡くなるのだ。
私の家のある近辺は古い集落が多く、昔から互いに顔馴染みの人々が住んでいて、住民の平均年齢が高い。名古屋からこの田舎町に引っ越してきた頃は、なんて葬式の多い土地だろうと思った。
亡くなる人はホームレスではないので餓えや寒さで死ぬとはあまり思えないが、冬となんらかの相関関係はあるのかもしれない。今年はまだ暖かいせいか、これまでのところ回覧板が廻ってきたのは二回である。


冬になって起こるもう一つの現象がある。
12月に入ると、あちらの家、こちらの家が夜怪しくチカチカと瞬き出すのだ。何事かと思い近くに行って見ると、小さな豆電球でベランダから庭木から塀から門から飾り立てている。そういう家が一軒また一軒と増えていく。
一体あれは何ですか。


一番すごいのは近所のクリーニング屋で、以前からひときわ目立っていたが、年を追うごとにアイテムが増えていった。
今では、四頭立ての鹿のソリに乗った布袋様のような老人だの、雪だるまだの鐘だのモミの樹だの星だの長靴だの天使だのを象った電飾がテンコ盛りで、もう気が狂ったようになっている。
噂が噂を呼び、夜になるとそのものすごい迫力のチカチカを見に、車でやって来ている人までいる。
昼間、洗濯物を持っていったついでにクリーニング屋のおばさんに、
「夜すごいですね光るのが」
と言ったら、
「嫁がねえ、好きだもんで」
と恥ずかしそうに笑っていた。
そりゃ恥ずかしいだろう。だって昼間見ると、普通の店舗付き日本家屋全体を蜘蛛の巣(電気コード)が覆っているようだし、夜は夜でラスベガスのカジノのイルミネーションのごとく光り輝いて、知らない他所の人が見物に来るんだから。
そこの若奥さんはおそらく子供のために始めたことが、ついハマってしまいどんどんエスカレートしてしまったのだろう。
子供は光るものが好きだからわからないでもないが、ものには限度というものがある。


夫がどこかで聞いてきた話によると、町内でチカチカさせている家は、住人が老夫婦だけというのも結構あるということだ。住民年齢が高いのでそれは考えられる。そして一軒それを始めるとその向い、その隣と伝染病のように広がっていくパターンであるらしい。
夜に車で廻ってみたら、どう見ても隣近所のつき合いで仕方なく、おざなりにチカチカさせてる家もあるように見えた。田舎のつき合いは大変である。


チカチカの家で老人二人。毎晩電飾を灯して、冬休みになったら孫が遊びに来てくれるのを待っているのだろうか。
二人暮らしならまだいい。独居の老人でやっとの思いで電飾を飾り付け、急に慣れない労働をしたので心不全でも起こして、孫が来てくれる前にポックリ亡くなってしまったら、悲しいことだ。
ひとり静かに永眠したお爺さんの顔を、夜通し照らす満艦飾のイルミネーション。
‥‥‥‥悲しい。


このあたりは田畑が多く平坦な土地なので、少し住宅街を離れると空間の見通しがいい。
あっちでもチカチカ、こっちでもチカチカ。物の怪に憑かれた謎の田舎町のごとき様相である。
「あ、あんなとこでもチカチカしてる!」
「あれはスゴそうだな。行ってみよか?」
「行ってどうすんの」
「どうするってわけでもないけど、見るだけ」
深夜に車を走らせて何をやっているのであろうか。


私は仕事が休みの昼間、スーパー銭湯に行くのが好きだが、こないだここでもびっくりすることがあった。従業員が赤い帽子に赤いダブダブの服を着てモップがけをやっていたのである。チケットを渡すカウンターの上には、例の電飾があり、壁に金紙銀紙を切り抜いた星が張ってあった。
いったいどういうこと? わけがわからない。冬になると、みんな頭のネジが緩くなるのだろうか。なんか楽しいことがあるのだろうか。
知っている人は教えて下さい。