雑誌『KING』創刊号を読む

「日本男子再生」計画

KING (キング) 2006年 10月号 [雑誌]

KING (キング) 2006年 10月号 [雑誌]

9月に入ってからよく駅の構内などに、黒地に白抜きの文字で「日本男子」とか「元気」とか「本気」とかいう言葉がぎっちりレイアウトされた中に、目を剥いた男の顔のアップが載っている大型ポスターが、連続貼りされていたのを目にした。
なんだこのマッチョテイストなポスターは?と傍に寄って見たら、『KING』という講談社の男性雑誌の創刊広告。一瞬、格闘技ファンの雑誌か、安倍政権誕生に便乗した保守系論壇雑誌かと思った。私は気づかなかったが、テレビCMもしていたらしい。


早速こないだ書店に行ってみると、『KING』創刊号は大々的に平積みされていた。『LEON』でもここまで大々的じゃなかったのでは?と思うくらいの面積の占めようだ。男性雑誌ではこれといったもののない講談社の、並々ならぬ気合いが感じられる。
謳い文句は、「日本男子再生!マガジン」。ノリがもろに体育会系。
「大特集 いまこそ男は、堂々と王(「キング」とふりがな)になれ!」
表紙(ポスターの男)は、王貞治の若い頃の写真だった。なんで今、王貞治?って「キング(王)」だから。
表紙だけでは推定購読対象年代が不明である。ただやけに硬派な男臭さが匂ってくる。ちょっと鬱陶しいほどの男臭さが。


中をパラパラ見てまず感じたのは、レイアウトがガチャガチャした感じで美しくないことだ。
「日本男子」なのに基本が横書きの上、タイトルや文章がやたら傾けてある。挑発的効果を狙っているのだろうが、ここまで多用されていると見づらい。不必要なイラストと細かい写真の配置もちょっとうるさい。
しかし既存の男性雑誌とは明らかに趣が異なるので、読んでみようと思い買った。349ページで600円。


特集は「男の可能性めざまし10」というものである。
若手格闘家の独占インタビューとか、若手俳優、お笑い芸人、スポーツ選手、ミュージシャンなどの「おれの、ブレイクする技術」とか、若手女優、モデル、女子大生、女子アナなどの「日本女子も信じてる!」とか、若い「日本男子」に闇雲にエールを送る記事が続いている。対象は20代から30前後というところ。
「日本男子」と言われると、私はオリンピックを思い出す。昔はどうか知らないが、最近はそういう場面でしか使わない言葉だ。
その「日本男子」の「いいところ」「可能性」を「徹底的に検証」してみるなら、一人くらい外国人のエールが入っていてもいいのではないかと思うが、なかった。あれこれ欲張ってはいるが、特集としてのつっこみが浅い。派手にブチ上げているのだから、『月刊プレイボーイ』の記事くらいの読み応えがほしいものだ。
若手俳優で選ばれているのは、瑛太松田龍平である。どっちかというと寡黙でストイックなイメージの人達だ。
それ以外では、体育会系の質実剛健タイプな男が目立つ。「日本男子」たるもの、ちゃらちゃらしとってはいかん、男は男らしくせよというメッセージ。誰からの? オヤジからの、だろう。


この特集の中で一番"傑作"だったのは、「グレートBの扉を開けろ!」である。
A級でもC級でもなく、「グレートB」は「未完成ゆえのバイタリティ」があると。ニートにはなっていないが、上の方の階層には行けそうもない若者対象だから、「B」なのである。「B」だけど「グレート」。
卑屈なのか傲慢なのか、志が高いのか低いのか、わからんスタンスだ。

オシャレじゃない、派手じゃない、背も高くない、いまどきじゃない‥‥それでいい! 
ブレない志があれば、ブサイクだって、ブキヨウだって、ブレイクできる!

今一つパッとしない若い男達に、アジテーションしている。が、こんな煽りに乗れるのはせいぜい中学生までではないかと思う。30近くなって、「よし!俺はグレートBでブレイクするぜ」なんて真に受けてたら相当ヤバイ。
「グレートBの偉人達」として、失礼なことに「グレートA」な人々が挙げられていた。ブルース・リービル・ゲイツボブ・ディラン‥‥最後のバカボンのパパはわざとハズシを狙ったのだろうが、やはりどことなくオヤジ臭い人選だ。


並べられている「どんなブサイクでもブレイクできる「グレートB級」な男の100カ条」というのが、またものすごく変なしろものだった。
たとえばブルース・リーの項目の中にある条件が、
「いちばん遠くまでオシッコをとばしたヤツがいちばん偉いと思う」
「外せない知恵の輪はパワーで引きちぎる」
「酒がなくても酔える」
「夕飯は動けなくなるまで食う」etc
バカということである。少なくともブルース・リーは、かなり知的な人であると言われていたと思うが。
ビル・ゲイツのページでは、
「英語はぜんぜん上手じゃないのに、外国人ウケがよい」
「寝る時はパンツをはかない」
「決まった時間に目を覚まさない」etc
などがある。これらのどこがビル・ゲイツと関係あるのか。
ボブ・ディランはもっと悲惨で、
「涙が止まらない夜もある」
「「自分探し」より「女探し」」
「さっさとイク」
「新宿の待ち合わせは全部アルタ前」etc
バカボンのパパに至っては‥‥もうやめとこう。


中には「硬派」でマジメ臭い、ある意味カッコをつけた条件もあった。しかし頻繁に入っているハテナ?な条件によって、全体のメッセージが「男は単細胞で脳みそパーでもいい」になっている。もし自虐的笑いをとろうとしたのだったら、どうしようもないセンスである。


というか、なんでこれが「日本男子再生」なのだ。
日本男子壊滅ではないか。

ヤンキーからオヤジへ

気を取り直して、他のページを見た。「キング学園。授業!!」「キング学園。放課後」の「学園」二本柱がある。
「キング学園。授業!!」では、姜尚中の「国際情勢の授業」、清水義範の「書き方の授業」、森達也の「事件の授業」、佐藤まり江の「株の授業」、茂木健一郎の「脳科学の授業」など、総勢14人もの各方面の著名人にコラムを執筆させている。一つ一つがすごく面白いというわけではないが、大手出版社の力で集めてきたという感じはありありと感じられる。
しかしなんで「学園」? 読者は学校大好きだったという設定か、学校で勉強してないのでここで学べという親切か。
最後の方では、裏千家の千玄室という大物まで「先生」として迎え、「日本」を教わるという企画がある。これといい、王監督からの「魂のメッセージ」といい、「学園」の「授業」といい、ともかく目上のオヤジ達の言うことは素直に拝聴するのが、『KING』の基本姿勢である。


「放課後」の方は、本、CD、映画などのレビューと細々したコラムやミニ・インタビューなどが詰まっている。こっちもとにかくいろいろ掻き集めた感じなのは同じだが、いずれもレイアウトが賑々しくしようとして、かえって貧乏臭くなっている。あとは、旅、車、酒、人生相談など男子向けの平凡なラインナップだ。アーミー関係もあった。
全体に、やたらと「男」という字、男関係の単語(男子、男前、男気、王様、キング、押忍、武士道)が散りばめられている。そこから漂ってくるのは、紛れもないヤンキーフレーバー。
日本人にはヤンキーが一番多いと書いていたのはナンシー関だが、20代から30くらいの男でも同様だろう。少なくともオタクや文化系男子より多いはずだ。『KING』は、その最大のボリュームゾーンであるヤンキーの「日本男子」を対象にしているのである。


ヤンキーと言っても別に不良ではない。むしろ根はマジメで不器用で小心者。ヤンキー男子は男のジェンダー規範に極めて忠実だから、「男」関係の言葉に敏感に反応する。政治的には中道かやや右で、権威には弱い。
この層が低賃金で働く意欲をなくしたり、女に自信をなくして結婚できなかったりするといろいろ困るので、是非ともヤル気を出してもらわねばということだ。ますます、安部晋三をなんとなく支持してしまう若いコンサバ低所得層の、元気づけ雑誌に思えてきた。
そのうち石原慎太郎なんかも表紙に登場するのではないか。私の気のせいかもしれないが。


そういう煽りムードがあまりなかったのが、リリー・フランキー瑛太が組んだ居酒屋トークのページと、福田和也のエッセイだ。特に福田和也は、読者層の知的レベルを勝手に断定してかかっているところが可笑しい。
だがリリー・フランキーを含む7人の選者による「KING文章王」の公募は、それなりの知的レベルも求めているということだろう。ネットでオダを上げている若いもんは「ブレイク」目指してどしどし応募せよと。文学賞まで設定するとは欲張り過ぎな気もするが。


さて、真ん中あたりに「REGISTA」という、「ファッション+ビューティ+フィットネス」のページがある。いくら硬派な男と言えども、服と美容と痩身は外せないものらしい。
「外からも内からも飛躍的にカッコよく!」するには、特に腹筋を鍛えよということで、モデルも割れた腹をさりげなく見せていたりする。顔より腹筋だ。ブサイクでも努力すれば大丈夫。
ファッションでは、「流行」には乗らず「旬」を押さえよという微妙な方針を打ち出している。今さら「モテ」とは絶対言いたくないのである。にも関わらず「女性の支持を集めるレジスタはこんな男だ!」。同じことではないか、「支持」も「モテ」も。掲載されているファッションは、他の若者向け雑誌の中の無難なカジュアルとトラッドの真似に見えた。


「キングになれ!」と煽りながら、目標は「グレートB」。
体育会系イメージを押し出しながら、ちまちま並べ立てる細切れ知識。
硬派を気取りながら、結局気にしているのは女目線。
すべてにおいて中途半端である。確固たるポリシーってものが、あるふりして実はない。20代から30代初めの男を、ああでもないこうでもないと鼓舞するスタンスをとりながら、姑息に機嫌をとっているようにも見える。


『KING』のWEBサイトがあるということで、行ってみた。そこに、創刊イベントでの編集長の言葉が紹介されていた。

社会の中で追いやられている感の強い20代〜30代前半の男性に対し、『KING』は若いだけですばらしい!ということを敬意を持ってアピールし、ときには励まし、ときには煽り、ときには説教していきます。

つまり一世代上の中年男達の「若いって羨ましいなあ」という嫉妬と、「近頃の若いもんはなっとらん」という苛立ちと、「昔はもっと気骨のある若者がいた」というノスタルジーブレンドされて、ああいう泥臭い雑誌ができるのである。
だが、成り上がれないのに成り上がれと煽られても、「失敗しても再挑戦のできる社会」とかいう安倍政権のお題目みたいで、あまり現実感がないと思う。「若いだけですばらしい」んじゃなくて、今は「若いだけでいろいろ大変」である。
本当はそれをわかっているから、迷いがちな若い男や自信のない男に、一時的な全能感を与えようとするのだろう。同時に、この世代のヤンキーに多い「俺様」な男も増長させそうだ。


なんだか雑誌全体が、勃起した男根に思えてきた。
老練なオヤジによって無理矢理勃起させられている。編集部の半分は「女子」だというから、「強い男」を求める女もそれに加担している。よってたかって世話を焼かれて、嬉しいのか若者は。
オヤジ雑誌『LEON』であれば、男根の受け入れ先は当然『NIKITA』である。
一方『KING』と同じ講談社の女性雑誌というと、『With』(平均的OL向けファッション誌)、『VoCE』(美容・コスメ雑誌)、『Grazia』 (30代キャリア向け)、『ViVi』(女子大生及びギャル向け)、『FRaU』(優雅な負け犬及びその予備軍向け)。今いちぴったりのものがないように思う。俺様キングで「グレートB」な男は、キャリア女性や年上の女は苦手だろうし、コスメオタクやギャルには足下見られそう。平凡なOLは意外と計算高かったりする。


典型的なオヤジ目線の若者総オヤジ化計画の一環として、男性雑誌売り場に林立する男根。
受け入れ先のないまま屹立している男根。
いつまで持ちこたえられるのか見守りたい。