あんかけスパと河村名古屋市長

名古屋に、あんかけスパというものがある。茹でた極太のスパゲッティを更に油で炒め、そこに炒めたウィンナーやピーマン、タマネギなどの入った中華飯のタレみたいなものをかけたやつが一般的。味はややピリカラ。
名古屋人なら一度は食べたことがあるという、このあんかけスパ。名古屋の味として有名な、ファンも多いというあんかけスパ。私は大嫌い。生粋の名古屋人だけど。


あんかけスパは60年代から名古屋にあったらしいが、幸か不幸か20代(80年代)になるまで、その実体を知らなかった。ある時喫茶店に入り、お腹がとても空いていたのであまり考えずに頼んだら、ソレが出てきた。
一目見て、ギョッとした(ギョッとしたい方はWikipediaで写真をご覧下さい)。だいたい麺が太すぎる。ドロッとしたソースが不気味。でもせっかく頼んだので、とりあえず口に運んだ。
‥‥‥これ、スパゲッティじゃない! 不味くて食えん、とまでは言わないが、スパゲッティじゃあ断じてない!! 
私の知っているスパゲッティは、麺がもっと細くて口に入れればツルツルしていて噛めばアルデンテで、オリーブオイルの香り高く、ソースはバジリコならバジリコ、あさりならあさりの風味がしっかりするものなのです。こんな皿うどんの出来損ないみたいな食い物ではない。


ということを憤りながら名古屋っ子の知人に話したら、「ああ、普通のスパゲッティと比べちゃダメ。あれはああいうものとして食べなきゃ。食べ慣れると結構癖になるよ」と言われた。さいですか。まあ食べ慣れるとこまで行く気はないので、これからあんかけスパは慎重に回避することにしますわ。
「偉大なる田舎」と言われる名古屋に相応しい食べ物だという気はする。同じく名古屋特有の小倉トーストとか味噌カツと同じく、こってりくどくて田舎臭くて折衷的で、わかりやすい庶民的な味ではあるが洗練とは程遠いというところが。
でも馴染んでしまえば美味いんだろうなぁ。子供の頃から食べていたら美味しく感じられるんだろうなぁ。あんかけスパ屋さんとそのファンの人、悪口書いてごめんなさい。


それで思い出したのが、名古屋市長選で当選した民主党衆院議員の河村たかしである。
私は現在名古屋市民ではないのだが、二週間ほど前に名古屋に住んでいる友人と話していたら、「投票する人がいないんだよねー」と困っていた。「河村たかしもちょっとねぇ‥‥」「確かにちょっと‥‥だよねぇ」。
河村たかしと言えば話題にされるのは、その政治信条(って何だろ)よりもあのキッツイ名古屋弁日本新党(公認)、新進党(公認)、自由党民主党と渡り歩き、民主党内で大して人望もなさそう(代表選に出るのに必要な推薦20人が集まらなかった)なのに、「名古屋から総理を目指す男」と豪語し、どうも名古屋人であることや親しみやすさをアピールするべく意識的に使っているらしいが、あんなキッツイ名古屋弁喋る人、名古屋でも珍しいです。滅多にいないです。


国会中継を見ている時だった。河村たかしが質問に立って喋り出した。何の議題か忘れたが政府を追求しているらしかった。それはいいのだが、「まあ〜だもんでぇ、〜しとるこってすしねぇ、〜せなあかんがやちゅうことなんですわ」といった、全然迫力も緊張感もない喋りである。
かなり名古屋弁のキツい夫は、テレビに向かって「おいおい‥‥」と苦笑いしながら言った。「その名古屋弁丸出し、頼むから国会ではちょっと控えてくれ」。「もうやだ、この人。何言ってもいい加減に聞こえる」と私。
あなたは自分の郷里の言葉が恥ずかしいのか? 地方の言葉を差別するのか? いや、そういうわけじゃないのです。だが正直なところ、名古屋人は他の地方の人に比べると、他県の人の前で名古屋弁をあまりおおっぴらにしたくない、と思っている人が多いのではないだろうか。


大阪人はどこへ行っても堂々と大阪弁で通す人が多いようだ。吉本のお笑いなどでもお馴染みで、関西弁はそう違和感はない。九州や東北のほうの方言は、なんとなく素朴、実直に感じられる。むしろエキゾチック。江戸っ子の下町言葉は落語を思い出す。あくまでイメージだけど。
名古屋弁も確かにのどかな感じはあるし、何と言っても私の生まれ育った土地の言葉で、私自身も軽い名古屋弁だ。名古屋弁の女優、山田昌の喋りはそんなに嫌いじゃない。
しかしあの「どえりゃあ」「ほんだもんでよ」「〜しよみゃあ」「〜だぎゃあ」「〜がや」「〜がね」といった言葉遣い、イントネーション(しつこく書くがこれを全部喋る人は珍しい)は、どうも美しく感じられない。なんか、なあなあの、ダダ漏れの、長いものには巻かれろみたいな、雑駁で、粗野で、えげつない、さらに「ええころ加減でええわ」的なニュアンスが濃厚に出てしまう気がする。


それを河村たかしは、明らかに増幅して喋っている。地元の人で「親しみやすくていい」と言う人はいるのだろうが、反面「やめてくんないかなぁ」と思っている名古屋人も多いはずである。
もし河村たかしが、自民党でも民主党でも共産党でもいいが、もうちょっと一本筋の通ったそれなりに人望の厚い政治家であったら、あの名古屋弁も多少違って聞こえたかもしれない。せめてその秘書をしていた頃の故・春日一幸くらいの「重み」があれば。しかし、本人が名古屋弁のなあなあの「ええころ加減」な特徴を、そのまま体現しているのである。
河村たかしは、まさに名古屋に相応しいあんかけスパ市長だ。こってりくどくて田舎臭くて折衷的で、わかりやすい庶民的な味ではあるが洗練とは程遠いというところが。