修学旅行

先週、修学旅行らしい学生たちを駅で見かけた。修学旅行を一学期に行う学校も多いようだが、やはり10月から11月にかけてがそのシーズンだ。
子供の頃、幼稚園を休んで、高校教師の父の引率する修学旅行に付いていったことがある。昭和30年代の話。昔のアルバムには、セーラー服の女子高生に手を繋いでもらって法隆寺の境内を歩いている、5歳の私の写真がある。
でも神社仏閣巡りについては、まったくと言っていいほど記憶にない。ぼんやり覚えているのは、バスの中で学生たちが舟木一夫の『高校三年生』を歌っていたことと、女子学生がアメやキャラメルをくれたことだけだ。


父の元同僚で、去年他界されたS先生という人がいる。退職後予備校講師になり、その関係で知り合った夫が聞いた、S先生の高校教師時代の修学旅行の話。
終戦後、昭和20年代の終わり頃である。明日からの修学旅行の打ち合わせが終わり、S先生は教頭先生と一緒に繁華街に繰り出した。
何件目かの呑み屋で、店の女の子に「明日は修学旅行で生徒を引率しなくちゃならなくてねー」などと喋った。「じゃあ先生、こんなところで飲んでいていいんですか?」と返されると思いきや、彼女は「私、修学旅行に行ったことがない」と言った。中学生の頃は修学旅行がなく、高校には進学せずに、田舎から名古屋に出てきて働いているからだ。年を訊くと二十歳だった。
女の子は、「私も修学旅行に行きたいな。お休み取るから、先生連れてって」とせがんだ。S先生も教頭先生もかなり酔っぱらっていたので、調子に乗って「いいよいいよ、是非いらっしゃい」と、集合時間を教えた。女の子は喜んで「じゃあ私、先生たちのお弁当作っていきますね」と言ったらしい。


まさかその子が本当にやってくるとは、S先生も教頭先生も信じていなかったのである。酒の席の上の戯言だと思っていた。
しかし翌朝、集合場所に、小さなリュックを背負い、お弁当やサンドイッチの詰まった大きなバスケットを下げ、顔を輝かせて彼女は待っていた。
まさか「あれは冗談でした」と帰すわけにもいかないし、教育委員会などもそう煩くないのどかな時代だったので「ま、一人くらいいいか」ということになり、そのまま彼女は高校生に混じって初めての修学旅行に参加したという。
見たこともない女性の飛び入り参加に、高校生たちはびっくりしただろう。先生が彼女を生徒たちにどう紹介したのかは聞いていない。