戸川純の新曲に見え隠れする「天皇」のイメージ

わたしが鳴こうホトトギス

わたしが鳴こうホトトギス


去年発表された戸川純の35周年記念アルバムを、ずっと聴いている。ネット上のインタビュー記事もいくつか読んだ。
アルバムタイトルにもなっている新曲の歌詞は、今回アレンジと演奏を務めるVampilliaの真部脩一が大筋を書いた後、戸川純の要望を加えて完成したとのこと。「わたしが鳴こうホトトギス」というフレーズは、戦国の三英傑それぞれの気性を表した例の有名な川柳から、戸川純が思いついたものらしい。


「鳴いて血を吐くホトトギス」ではないが、いつまでも歌い続けるという彼女の強い意思を表しているこの歌、メロディラインは雅楽のムードの混じったゆったりした唱歌風で、歌詞の表記は旧仮名遣い、言葉遣いは文語調。中国の故事や日本の古典、ことわざがあちこちに。
『改造への躍動』や『極東慰安唱歌』や『昭和享年』(カバー曲集)など、これまでも懐古調なアルバムはあったが、近代を飛び越えてものすごく過去に遡っている。
そしてこれは私だけかもしれないが、聴いているとなぜか「天皇」のイメージがうっすら浮上してくる。今上天皇その人ではなく、天皇天皇制にまつわる古典的、神話的なイメージが。


そこで、歌詞の意味やそこからの連想を、一行づつ書き出してみることにした。
以下の番号は、歌詞の行と対応している。「わたしが鳴こうホトトギス 歌詞」で検索して全文をご覧下さい。


1. 「春はあけぼの」で始まる清少納言の『枕草子』。
2.3. ホトトギスの鳴き声のオノマトペ。「籠の内に有て天辺かけたかと名のる声の殊に高く〜」(『古今要覧稿』http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/897551/220)。ホトトギスは中国の伝説に因んで「不如帰(去)」(「帰りたい」の意)とも表記し、『万葉集』『古今和歌集』『新古今和歌集』に頻出する。つまり古くから天皇とも縁が深い鳥。
4. 『君が代』を連想する。
5. 昭和天皇の「人間宣言」を連想する。
6. ホトトギスと姿がよく間違えられるカッコウの鳴き声。
7. ホトトギスが托卵するウグイスの鳴き声。
8. 『南総里見八犬伝』に登場する妖刀「村雨」を形容した言葉。そこから、研ぎすまされた日本刀の冷たく不気味に光るさまを言う。
9. この歌のタイトル。
10. 「門前の小僧習わぬ経を読む」から骨格を借りている。
11. カッコウの鳴き声。
12. 天気雨のこと。
13. 皇極天皇が雨乞いをして雨を降らせたという『日本書紀』の挿話を想起させる。
14. 「さあ鳴くのを待って下さい」の文語調の言い回し。
15. カッコウの鳴き声。
16. スズメ、ヒヨコ、トンビの鳴き声。
17. 「雉も鳴かずば撃たれまい」を逆の意味に改変している。
18.16と同じ。
19〜22. 自然情景描写。神話的イメージ。
23.24. 歌舞伎『楼門五三桐』の南禅寺山門の場で、石川五右衛門が満開の桜を愛でて言う台詞(実際は「絶景かな絶景かな」)
25. 「あっそうか」と歌っている。昭和天皇の口癖と言われた「あっそう」を思い出した。


まだ続くがこのへんで。
この後、先の石川五右衛門の台詞の後の「値万両、万々両」を改変した文言や、故事成語や、中国四大名著の一つや、菅原道真の有名な歌の冒頭などが出てくる。


最初の方で「天皇」のイメージが浮上したので、全部がそれに影響されて聴こえた嫌いはある。
「テッペンカケタカ=天辺欠けたか」とすると、これは天皇の逝去を意味しているのかと思ったり。じゃあ托卵は、かつての皇族にあった乳母制度を指しているのかとか。ホトトギスカッコウ、ウグイスの並びが「偽り」「間違い」のメタファーなら、それは何を指すのか。「雉も〜」の意味を逆転させているところは、もう皇室タブーはなくなったという意味か‥‥‥。
いやいや、完全に深読みし過ぎです。でも作り手の意図とは別にリスナーが何を受け取るかは自由だし、ここまでではなくても同じようなことを感じている人がいるかもしれないので書いてみた。


私がこの歌にぼんやりと思い浮かべた、「雅」でどこかもの悲しい「天皇」のイメージから、単純な日本讃歌や右翼的な文脈を読み取ることは難しい。
だって並んで出てくるのが、平安文学や、中国の古い言い伝えや、閑古鳥の寂しい声や、架空の刀(の形容)や、天下を狙う大盗賊の台詞だ。あえて言うなら、古い文化としての、ノスタルジーの中の「天皇」になるのかもしれない。


戸川純は女優でもあるので、その歌唱も、歌われている主人公の女になりきって演じられる。彼女のプレイは、歌であると同時に芝居である。
そこからすると、この歌での彼女は、古の昔から時代を超えていつまでも歌い続ける歌姫だ。故事成語も古めかしい文言もそのための演出、あるいは雰囲気作りなのだろう。「古文やってみました」的な。
現れるイメージは、積み重なるにつれて何か繋がりがありそうに見えて、はっきりと像を結ばないうちに「日本」「古典」の雰囲気だけ残して消えていく。


ところで、もともとあったファッションとしてのレトロ趣味が、近年「ニッポン万歳」的なメッセージになっているということで注目されていたのは、椎名林檎だった。自民党の「文化伝統調査会」に呼ばれたりもしている。ネタでやってたことがベタになっちゃってる感が、ちょっとある。
戸川純はどうだろうか。戸川純国威発揚。これほどのミスマッチもない気がするが、伝統文化や歴史、和ものへの関心が一昔前より高まっている中、この歌でその趣向を前面化させているところは、無意識のうちに今の空気をキャッチしているようにも思える。



アルバム全体の感想など。
好きな曲がいくつも入っていて(個人的には『ヒステリヤ』と『ギルガメッシュ』も入れて欲しかったが)、新しいアレンジも、少し野太くなった彼女の声もカッコいい。『バーバラ・セクサロイド』は今の声と歌い方のほうが凄みがある。『蛹化の女』のノイジーなリズムパートには痺れた。
本人の幼少時代の写真が散りばめられていて、世代が同じなだけに不思議な既視感を覚えた。わりと似た系列の顔かなとは思っていたが、ジャケットの写真や『赤い戦車』の歌詞の隣の写真が、自分の子どもの頃と激似で驚いた。


『パンク蛹化の女』、YouTubeに上がっている中では、このステージのドスの効いた声が好き。「林で〜」の時の目がいい。女優だなぁと思う(でも後半はスタミナ切れしてますね)。


『赤い戦車』。Yapoosのシンプルな音も捨て難い。新アルバムでもこの淡々とした歌い方は変えてなかった。


この曲が含まれた「犯罪と女」がテーマ(たぶん)のアルバム『ダイヤルYを廻せ!』は、何十回聴いただろう。今はYouTubeに丸ごと上がっている。