「生きものが苦しむところを観察したい」という残虐な欲望が、子どもの頃にあった。と書くと不穏だが、人間や身近な動物は厭で、あまり大きくなくて自分の好きではない生きもの、たとえば虫なら、平気でもがき苦しむところを見ることができた、というわりとよくある話。
蜘蛛や蛾を捕まえてボンド漬けにしてみたり、小さな羽虫の羽や触覚や脚を少しずつ毟って、飛べなくしたり歩けなくしたりする。体の自由を奪われ弱った虫が、断末魔の痙攣じみた動きをする。気持ち悪さと面白さ、不快と快の混じった何とも言えない感覚。
その、少しぞくぞくするような気分を思い出してみると、明らかに性的なものへの関心が底にあったと思う。子どもの頃のまだあまりはっきりと自覚されない性欲が、「生きものが苦しむところを観察したい」という欲望に置き換わっていたようだ。
「残酷さや暴力への欲求と性的欲望が結び付いている」と明確に感じるきっかけになったのは、美術だった。
父が古典的な美術愛好家だったので、家にはその関係の写真集や豪華本がたくさんあった。西洋美術の画集を繰れば、惜しげもなく出てくる数々のヌード。父から「芸術は崇高なものである」という信仰を植えつけられていたが、画集にはこちらの性欲を微妙に刺激するようなものがたくさんあって私はどぎまぎした。「芸術」という名目はあっても、実質ほとんどポルノだ。
一人で家にいる時、特にじっくり見たのは、さまざまな画家がモチーフにしている「聖セバスチャンの殉教」図。樹木や柱に縛り付けられて天を仰いだほとんど全裸の美青年の、捩られた体を何本もの矢が射抜いている。聖セバスチャンの苦痛を想像しながら眺めると、自分にないはずのチンチンが勃起する。
だがそれよりも強烈に私の目を釘付けにしたのは、『世界彫刻美術全集11 近代』(監修 千足伸行、小学館、1975)に掲載されていた、エマニュエル・フレミエという19世紀の彫刻家の『ボルネオ人をしめ殺すオラン・ウータン』(部分)だ。
なんだろう、この剥き出しの凶暴さ。「芸術」の名目で糊塗しきれない、残酷と苦痛への傍若無人な興味。細部の驚異的な再現力。
ボルネオ人はもう気絶しているのか、あまり苦悶の様子は見られない。むしろ恍惚とした表情だ。まるでセックスの場面にも見える。おぞましくて、でも強烈に惹きつけられるものがあって、何度見ても見慣れるということがなかった。
解説の中で、フレミエは当時動物彫刻の第一人者と言われたバリーと比較されている。
バリーは動物の生命力や闘争本能への賞賛と畏敬の念を表現したが、フレミエの作品にあるのは「異境の動物の解剖学的に極めて正確な彫刻的表現の誇示と、多分に大向こうの喝采を狙ってのそのドラマティックな構成」であり、「当時の民衆は、このボルネオの密林の奥深く展開する凄惨な光景を、今日の冒険映画を見るように、息をひそめて見つめたのであった」。
19世紀末のヨーロッパの市民にとって、ここに彫刻されているボルネオ人は「未開人」というカテゴリーの中にあり、この彫刻は「野蛮」な「未開人」がもっと野蛮な動物に理不尽にも酷い目に遭わされている刺激の強い見せ物として受容されたのだろう。みんなで楽しめる残虐劇。
下は同書に掲載の『ボルネオ人をしめ殺すオラン・ウータン』の全体像と、同じくフレミエの『女を連れ去るゴリラ』(1850年代)。
この作品も当時非常にウケて世紀末にレプリカができ、大層売れたらしい。『キングコング』(1933年)はだいぶん後だが、これにどこかで影響を受けているのではないだろうか。
「女を略奪する」というモチーフでは、バロックの彫刻家ベルニーニの『プロセルピナの略奪』を思い起こさせる。エロくてグロテスクですらあるが一応神話がモチーフのベルニーニに対し、フレミエの作品にそういうオブラートはもうない。凄惨なシーンを見たいという観衆の欲求に直裁に応えている点では日本の無惨絵に近いし、実際に見ることの不可能なスペクタクルを見たいという欲求に応えるものとしては、ラッセンと似ている。
性と暴力を意識的に扱う現代美術はいろいろあるけれども、私自身が歳を取ってすれっからしになってしまったのか、もうそれは手垢のついたテーマでしかないのか、16歳の頃に図版で見た『ボルネオ人をしめ殺すオラン・ウータン』ほどのヤバさを喚起するものには出会っていない。
暴力の中にある性的なもの、性の中にある暴力的なものについて考え始めたのは、ずっと後のことだ。あの作品は当時の私にとっては、芸術の名を借りた別の何かだったのかもしれない。