究極の選択

「借金まみれのハンサム男と、裕福なブタ男、どっちが女を幸せにしてくれると思いますか?」

2000年秋に放映の月9ドラマ『やまとなでしこ』の、ヒロインのトホホなセリフである。「女を幸せにしてくれる」とは、言うまでもなく結婚相手として。彼女は、金持ちとの結婚でのみ幸せを掴めると信じる女で、当然「裕福なブタ男」という解答を持っている。


このセリフの含まれたドラマの第一話を、私はジェンダー入門の授業の最初に使っている。バカバカしいと言えば大変バカバカしいドラマであるが、ジェンダー入門としては「男女差別はいけません」という耳タコなところから入るより、遥かに使い道とインパクトがある。
ある時、上記のセリフを受けた場合の自分のセリフを、学生達に書かせてみた。名古屋の郊外にある私立芸術大学音楽学部、女子100人、男子26人(一年生が半数以上)。その一部を紹介してみよう。


●女子
「裕福なブタ男に決まってるわ。借金まみれの生活なんていくらハンサムでもいやよ」
「付き合うならハンサムがいいけど、結婚となると経済力が必要よね!」
「借金まみれになるには、それなりに性格にも問題がある」
「裕福なブタ男と結婚した、そのあとで借金まみれのハンサム男と不倫して、ブタ男の金でハンサム男の借金をかえして、かえし終わったら離婚して、ハンサムと結婚する」
「裕福なブタ男。お金があるんだから整形させちゃう」
「ぶっちゃけお金はあるといいけど、でもそうしてまでブタ男と毎日ともにするのは無理!!」
「スキな人と一緒になる事が一番の幸せ。顔もお金も関係ない」
「愛している方とすればいい。でも借金まみれの男は愛も冷める」
「借金まみれのハンサム男。自分で稼ぐ」
「私はどちらかなんて嫌!! ハンサムで裕福な男を絶対さがすわ!!」
「結婚して女を幸せにしてくれる、この表現はどうかと思う。幸せにしてもらいたい気持ちはあるが、一緒に幸せになりたいと思う」


●男子
「性格によって決めた方がいいと思うからわからない」
「それは裕福なブタ男だろうね。悔しいけど」
「お金が無くても心の豊かな人が本当のハンサムと言えて、お金があっても全てを知らない人は本当のブタ男。その借金が自分の不まじめなら、その人はブタ男だろうし、その裕福が自分の努力でなら、その人はハンサムと言えるだろう」
「たとえ借金があっても、ずっといて楽しいほうがいい。借金ならかえせる!!」
「女が好きなのは金と車だからブタ男にきまってんだろ」
「借金まみれだろうが裕福だろうが、そんな事は関係ない。そこに愛があればいい」
「つーか、結婚そのものが不幸」

女子の願望、男子の憂鬱

セリフ内容を集計したら、女子100人のうち54人が「裕福なブタ男」を選んでいた。
選んではいるが、条件つきが多い。「億万長者だったら‥‥」「すごく優しかったら‥‥」「オシャレならちょっとくらいブタ男でも‥‥」。迷いがある。だがいくら視覚的に満足できても、借金を背負った貧乏な生活だけは避けたい。当然であろう。
「借金まみれになるには、それなりに性格にも問題が」。性格まで見抜いている。
恋人だったら「借金まみれのハンサム」でもいいが、という但し書きも多い。つまり、ビジュアルで楽しんだ後、金持ちな物件を探して結婚したいということである。キャバクラで散々遊んでから、いいとこのお嬢さんと結婚したいという男の発想と似ている。
21人が「どちらもいや」と、質問を突き返している。その心は「金も顔も」。裕福なハンサム男を探して、何が悪いのか。ちっとも悪いことはない。もちろんそういう男は、既にいいとこの美人を選んでいることが多いが。


13人が、「借金まみれのハンサム」。どうしてもビジュアルにこだわりたい人達だ。
ちょっとハンサムなら、借金があろうが女癖が悪かろうが許してしまうという傾向は、最近密かに強まっているように思う。あの「監禁王子」に対しても、その「ハンサム度」に注目して「王子様の悪口を言うな」「王子に監禁されたい」などとホザいている女子の書き込みが、ネット掲示板に溢れている。
そこまで行かなくても、ハンサムになら貢いでも(搾取されても)いいというケース(ホスト狂いとか)は、現実に多そう。「自分で稼ぐ」と書いた女子は逞しいとは思うが、ヒモ体質のイケメンにハマる危険性大だ。
「性格、気持ち、愛情が重要」といった"正論”は、10人。
まあそう書いておくのが普通だろうと思われるかもしれないが、それは女子では一割に過ぎない。その中で、「顔もお金も関係ない」とまで書いたのは一人。全体のたった1%。2004年の純愛ブームを受けて、今なら3%くらいには増えているかもしれない。


男子26人の答えは、「わからない」がちょうど半数の13人。その多くが「つきあってみないと」ということである(もっともだ)。こういう問いには答えたくないとばかりに、ただ「わからない」と書いている人も数人。9人が「性格、気持ち、愛情が重要」。女子の一割に対し、三割強。結構熱弁を奮っている人が散見される。
「借金まみれのハンサム男」と明言した男子はいない。「借金なら返せる!!」がせめてもの抵抗である。3名が嫌々ながら「裕福なブタ男」と答えている。セリフには、なんとなくやり場のない怒りが籠っている。
結婚にハナから期待してない人が、一名。「不幸」とは女にとってということだろうか。そこをもう一歩突っ込んでもらいたい。質問を相対化するなら、せめて女子の最後の回答のように切り返したいものだ。


しかし、この質問のセリフを男女逆転した場合は、どうなのか。
「借金まみれの美人と、裕福なブス、どっちが男を幸せにしてくれると思いますか?」 
その回答を、最初に挙げた女子と男子のセリフに当てはめて考えてみると、微妙にしっくりこない。だって、
「付き合うなら美人がいいけど、結婚となると経済力が必要だよね!」
なんて、男子が普通言いますか? 
「男が好きなのは金と車だからブスにきまってんでしょ」
なんて、女子が言いますか? あまり言いそうにない。


必ず出て来るだろうと予想される回答は、
「裕福なブスが整形しないでいるのはおかしい」
「美人だったら水商売で借金返せる」‥‥
おそらく、一部の女子をますます開き直らせる結果となる。だからアンケートは実施しなかった