ケモノの季節

触ってもいいわよ

涼しくなってきたので、そろそろケモノの季節である。ケモノが街に出て来る。
ケモノは大抵メスで、オスをおびき寄せて食うのである。ケモノと見ると、フラフラと吸い寄せられていくオスもいる。オスのケダモノに捕獲されるのを待っているケモノのメスもいる。ケモノぶりが全然板についてないメスもいる。


何のことだかおわかりでしょうか。秋冬ファッションの話である。
と言えば、大抵の女性はピンと来るであろう。ケモノの毛皮、ファー。毛皮ファッションはこの十数年で完全に定着した。9月から10月にかけて毎年、ファーコートやジャケットやマフラー、ファーのバッグ、ファー使いのベストなどを始めとして、様々なアウターや小物がファッション雑誌を賑わしている。秋冬ファションの花形と言えば、ファーである。
そのケモノ(毛もの)を身にまとった女が、ぼちぼち出没する時期になった。


毛皮と言うと、一千万くらいするセーブルやミンクのコートを思い浮かべる人もいよう。確かに、そういうものを着る人種は存在する。
だが一千万の総ロシアンセーブルのコートを着こなすマダムは、そこらの街にはフラフラ出てこない。というか一千万のロシアンセーブルは街を歩かない。
家の玄関→ベンツ→お店または会社の玄関である。
寒い戸外を歩かないのだったら、そんな贅沢なコートなどいならないのではないか? いや、それは貧乏人の考えだ。
お店または会社が終わった後→ベンツ→会員制のバーもしくはクラブ。
そこでセーブルのコートは真価を発揮する。それを脱がす男の存在を必要とするからである。
セーブルやミンクのコートは防寒用ではない。だいたいシベリアでもないのに、毛皮なんて必要ない。それはエスコートしてきた男に、するりと脱がしてもらうためにある。自分で脱ぐなんてもってのほか。金持ちマダムともなれば、一千万のセーブルを男(夫ではない)に脱がしてもらってナンボ。
コートの下? もちろん肩と背中が丸見えのスリップドレスに決まっている。
‥‥なんでそんなことを貧乏人のおまえが知っているのかって、全部想像なんだが。


話を現実的なところに戻す。
女子向けファッション雑誌に載っているファーアイテムは、だいたいがフェイクファーか、数万円までの安物だ。たまに数十万円クラスのコートなども出ているが、あまり大袈裟なしろものはない。コートも、マダムのような総毛皮はかえってヤボで、部分使いがしゃれているのである。
下半身はミニにブーツで上半身はファーで武装するのが、秋冬のギャルファッション。値段より雰囲気重視である。
キツネの襟巻きは昭和30〜40年代に大流行した。
冬になれば、おばさんも若い女子もキツネの襟巻き。小学生のオシャレな女子も、ウサギの白いチビ襟巻きをしていたものだ。高度経済成長期に突入して、一般人もちょっとしたリッチ感を毛もので味わっていたのである。
成人式で振り袖の女子が必ずするのも、白いフワフワのウサギの襟巻きである。
しかしあれははっきり言ってダサい。着物にあのフワフワは田舎臭い。どうしても寒いならウールのショールを羽織るべきだ(というか成人式なんか行くな)。あれを可愛いと思ってやっている女子は、みんな頭悪そうに見えるので、やめた方がいいと思う。


なぜ女はファーが好きなのだろうか。
感触がいい。軽くて暖かい。リッチな気分に浸れる。高級感がある。いろいろ理由はあろうが、「ほら、触ってみたくなるでしょ」というのは、案外重要なポイントである。それを男に対してアピールしている。
「キレイ」という視覚的効果で引きつけるのは基本だが、そこに触覚的効果を加えれば鬼に金棒。シルクとかモヘアも触ってみたくなる素材であるが、ファーの吸引力はそれに勝る。そこにオスのケダモノはフラフラと寄っていく。アニマルがアニマルをおびき寄せているのである。


NIKITA』の10月号の特集は、「アニマリータ」だ。夏頃の「ガラージョ」(柄女:柄のワンピースの女)にも笑ったが、アニマリータはツボに入った。中でもすごいネーミングが「毛もの姫」。一瞬、「もののけ姫」を思い浮かべた。あれも確か毛ものを身につけていたはずだ。
NIKITA』の企画会議で、
「毛もの姫ってのはどう?」
「ワハハ、もののけ姫みたい、それいこ」
というしょうもない会話が交わされたことは間違いない。
NIKITA』の毛もの特集のノリは、「触ってみたくなるでしょ」などという姑息なおびき寄せではなく、「触ってもいいわよ」。
男は許可を得て触らしてもらうのである。なにしろ「若さ」でなくて「テクニック」で勝負する大人の女であるから、そこらの男には簡単に触らせない。触っていいのは、いつか一千万のミンクを脱がさせてやってもいい男だけ。

襲ってもいいわよ

アニマル柄も、あらゆるファッション誌に登場する。やはりレパード柄、つまり豹柄が一番人気だ。
しかし豹柄は、身につける面積が大きくなればなるほど、コスプレ感が漂う柄である。あまりにも柄の印象が強いので、ジャケットの下にチラ見せするとかスカーフや手袋程度に押さえておかないと下品になる。さすがに全身豹で固めた女はいないだろうが、こういう好みはエスカレートするものなので気をつけたい。
豹柄を上手に着こなしている人は少ない。いかにも雌豹のような顔つきの大人の女が堂々と着てしまうと、トゥーマッチでちょっと嫌みだ。ガタイの良過ぎる人が着ると、怖くなる。
豹柄のロングコートにサングラスで足もとはピンヒールというファッションは、映画などで見ればサマになっているが、実際やるとヤクザの親分の女(古典的イメージの)か叶恭子に見える。日本人が「アニマリータ」を地でいくのは難しい。
エビちゃん系の女子も流行だからって豹関係をやりすぎないようにしないと、ヤンキーになる。ヤンキーの中でもアバズレ度が高いギャルになる可能性が高い。


つまり豹柄は、女を"メス"に見せる柄なのである。豹はシマウマを襲う肉食動物だが、豹柄の女が男を追いかけて押し倒すわけではない。「襲ってもいいわよ」光線をチラつかせているのだ。
などと言うと「そんなつもりで着てない! 単なるおしゃれよ」と怒る人が多そうだが、豹柄=セクシーというお約束は皆知っているのだから、相手の中のケダモノ性をちっとは刺激しなければ(刺激だけね)話にならない。
豹柄には「襲うと引っ掻くわよ」という威嚇も混じっている。豹の女は怖いのよ。簡単には落とせないわよ。
しかしそういう高飛車感を示されると、ますます燃えてしまうケダモノが全然いないとも限らない。だからヤンママでアニマル系で決めているお母さんも、いくら自分が豹柄好きだからって、小学生の娘には着せないでほしい。小学生はまだ"メス"に見えなくていい。


豹柄を思う存分着て許されているのは、大阪のおばちゃん達である。
以前テレビで、大阪のおばちゃんのアニマル柄好きを特集していた。道頓堀の商店街に取材陣が行ってみると、いるわいるわ、あそこにもここにもアニマリータなおばちゃんが。
豹柄だけでなく、セーターにでっかく豹の刺繍がしてあるとか、その目の部分が金糸銀糸スパンコールでデコレーションされているとか、すごいものを着ている人もいる。本人がその服に負けてないところがすごい。タイガースの本拠地だけに、大阪のおばちゃんはネコ科の動物が好きなのか。
「なぜアニマル柄を着るのですか?」
という質問に、
「なんか元気が出るやろ」「今日も頑張ろうて気になるねん」
と答えているおばちゃんが多かった。大阪のおばちゃんは、「元気」を出すために豹柄を着る。
ケダモノの男は豹のおばちゃんからは逃げ出すだろうから、そっち方面の元気ではない。
買い物に行って値切る元気。マケてくれないと引っ掻くよ。
バーゲンで掘り出し物をゲットする元気。私のをぶんどると噛み付くよ。
家の外で日々闘う元気、つまり闘争心を、おばちゃん達は豹や虎からもらっているのである。


人のことばっか言ってないであんたのアニマル歴は?というと、実は私も少々ある。
豹柄のニットは二十代前半によく着ていた。その頃アニマル系を着ているのは、ヤンキーかロック少女か古着系ファッションマニアだけで、私は三番目のつもりだったがどう受け取られていたかはわからない。ちなみにそれで男が寄ってくるということはなかった。
三十代ではおとなしい色めの豹柄のベストを上着の下にたまに着ていたが、それも今はタンスのこやしだ。老けが入ってきてからのアニマル柄は、ミラノのマダムでない限り危険。
毛もの関係では、普通の襟巻きの他にキツネのバッグがある。一見普通のファーのバッグだが、蓋の先が小さい本物のキツネの頭部になっていて、爪の生えた2本の足(関節は外れている)までぶら下がっている剥製のようなしろものである。そのあまりのエグさに目を奪われて、大須の質流れ店で思わず買ってしまった。
これを持っていると、若い女子がよく「わあ可愛いバッグ」と言って寄ってくる。そして近くでよく見てギョッとする。
「やだー、こわーい!」「ザンコク〜」
何を言ってやがる。人間は残酷な生き物なんだ。


10年くらい前に買って4、5回しか着ていないのが、黒い膝丈のコートである。バーゲンでしかもウサギの毛皮なので、わりと安かった。
それを見た時私の頭にひらめいたのは、ゴダールの『男と女のいる舗道』。売春婦を演じたおかっぱ頭のアンナ・カリーナが、毛足の短い黒いコートにタバコを指に挟んで舗道に立っているシーンがあった。昔見たのでよく覚えてないが、確かその映画だったと思う。
瞬間的に、黒いファーコートを羽織ってタバコを吸いながら舗道に立っている自分の姿を思い浮かべた。
自分をアンナ・カリーナになぞらえるとは、どこまで厚顔無恥なのか。それはよくわかっている。わかっているが、その時は、買わざるをえなかったのである。
まあ私が毛皮を着ても、歳をくった売春婦にさえ見えない。もちろんアニマリータな熟女には到底見えない。「触ってもいいわよ」光線も出ないし、脱がしてくれる男もいない。しかし今年は開き直って着るつもりだ。