率直な男

「俺、それじゃモテないってよく言われるんだわ」
と、その男は言った。
「で、じゃあどうしたらモテるんかつって後輩の女の子に聞いたんだ。そしたら、そのブッキラボーでオッサン臭い言葉遣いと名古屋弁を直して、もっと女の子の話題に合わせて、服装もそんな適当なんでなくてもっとおしゃれにして、髪型も変えた方がいいんだと。それ、全部変えなあかんってことだがやゆうの。俺じゃなくなってまうがや‥‥」
そう言って彼は弱り切った顔で笑った。
私は、
「別に無理して変えなくていいじゃない、そのままでも」
と言った。


実は「そのままでもいい」とは思っていなかった。
そのブッキラボーでオッサン臭い言葉遣いと名古屋弁を直して、もっと女の子の話題に合わせて、服装ももっとおしゃれにして、髪型も変えた方がいいだろう。女の子にモテるには。よく見ると顔立ちはそう悪くないのに、全体の雰囲気や喋り方でかなり損をしている。
しかしこの人は、そういうことがスマートにできないタイプだろうなと思った。
それより、どうしたらモテるのか女の子に聞いたという話を、知り合って間もない他の女にバカ正直にしてしまうところが面白かったので、「いいじゃない、そのままでも」と言ってしまったのであった。
彼は、
「アンタはそう思うんか」
とやや嬉しそうに言った。
「うん、まあ」


その男とある時映画を見に行った。20世紀前半のアメリカの黒人姉妹の半生を描いた、スピルバーグ監督、ウーピー・ゴールドバーグ主演の『カラーパープル』だった。
映画の終わりの方で、隣の彼が不自然に上体を向うの方に傾けがちな感じでいるのが伝わってきて、どうしたんだろう、お尻が痛くなってきたのかなと思った。
エンドロールが流れ始めた時、眼鏡をずらして目のあたりに手をやっているのが横目に見えたので、泣いてたんだとわかった。
ロビーに出てから、彼はきまり悪そうに小声で言った。
「あの、俺こういうのダメなんだわ」
「‥‥うん」
「ちょっと涙が出てきてまってよ。アンタに気づかれると体裁悪いもんで、なるべく離れるようにしとった」
こんなことをデート二回目で言うような男にはそれまで遇ったことがなかったので、思わず「なんて率直な飾り気のない人なんだ」と感動し数ヶ月後に結婚してしまったのだった。
その率直さと飾り気のなさが度が過ぎているということは、後で知ったわけだが。




もう十分にいいオッサンになった彼は、
「俺は別に女にモテたいと思ったことはないんだ」
と言っている。


ほんとかよ。