すべては既に書かれている

二週間ほど前のある夜、黒服サングラスの男達が家にやってきて、寝転んでテレビを見ていた夫に言った。
「怪しい者ではありません」
夫が「な、なんだあんたら‥‥」と言っている間に彼らは、作り置きカレーの鍋を見張りながらキッチンに持ち込んだノートパソコンに向かっていた私のところに来て、ハンカチで鼻と口を塞いだ。
2秒半くらいで私の意識は遠のいた。


どのくらい経ったか、揺り起こされて目が覚めた。黒服サングラスの男が隣にいた。
「すべては既に書かれている」
そう囁くと彼らは私を車から降ろすや否や、ナンバーを確認する間もないスピードで走り去った。
自宅の前だった。キツネに摘まれた気持ちで家に入ると、夫がさっきと寸分違わぬ姿勢でテレビを見ていた。
「警察に電話した?」
「何のこと?」
「何のことって!! 私、拉致誘拐されたじゃん、メン・イン・ブラックみたいなのに! 今やっと連れ戻されたけど!」
「おまえ、また寝ぼけとんの? さっきまでテーブルにつっぷして涎垂らしとったじゃないか」
時計を見たら5分も経っていなかった。
急いでキッチンに行った。何も変わりがない。カレーの鍋も焦げついてない。テーブルに涎の跡はないが‥‥
おかしいな。夢? ナルニア国物語? 
首を傾げながら蓋が開けっぱなしのノートパソコンを見ると、スクリーンセーバーになっている画面の真ん中に、何か小さな表示が出ていた。


すべては既に書かれている


なにこれ‥‥。激しく混乱しながらとりあえず元の画面に戻した。変な表示は消えたが、どういうわけかIESafariが無くなっていた。どこを探してもなかった。何度か再起動してみたが同じことだった。
わけがわからない。


「ちょっとIEの調子が悪いから、パソ貸してくれない?」と夫に言った。
「ダメ。おまえが触ると設定がおかしくなる」
いつもなら「しょうがないなー」と言う夫が、その時に限ってどうしても貸してくれなかった。
いいや。そんなら黙ってこっそり借りるから。私は今書きたいことがあるのだ。
夫が寝た後で、彼のパソコンを立ち上げた。最初の画面に出てきたのは、さっきより大きな文字で、


すべては既に書かれている


私は回転椅子ごと後ろに1メートルくらい飛び下がった。
なんなのこれは。なんかの嫌がらせ? 脅し? デンパ? 
急に頭がぼんやりし、それ以上考えることができなくなって、私は終了をクリックした。きっとパソコンに向かい過ぎて疲れてるんだ。寝よう。寝てから明日考えよう。


翌朝はいつになくスッキリと目が醒めた。まずメールをチェック。IESafariもちゃんとある。なんだ、やっぱりどっかがちょっとおかしかっただけか。ネットに繋いでみた。画面一杯に太ゴチック体の文字群が広がった。


すべては既に書かれている


私は急いでノートパソコンの蓋を閉じた。コードをひっこ抜き、そのまま押し入れの奥に突っ込んだ。
その日、仕事の帰りにインターネットカフェに寄った。空いているブースに入り、コンピュータを起動させた。なかなか初期画面が出てこない。
やがて真っ黒なディスプレイの真ん中に、


 という大きな白い文字がゆっくりと浮かび上がった。次いで、
 そして、
 
 
 
 
 


そこまで見て私は席を立った。
ネットカフェを出て駅に向かってゆっくり歩いた。
歩きながら私はようやく、嫌がらせでも脅しでもデンパでもないメッセージの意味を理解した。