元祖・黒髪白シャツ男

漫画家の東村アキコがネットに発表している『ヒモザイル』が話題になっている。アシスタントへのセクハラ、パワハラとの批判も出ているが、ここで書きたいのはそういうことの是非ではなく、第二回で登場する「これが大人の女が好む「抜け感男子」だ!!!」という「図解」について。
ラフなボサボサ黒髪だが不潔感はなく、普通の洗いざらしの白いシャツの腕をまくってて、ベージュのチノパンにサンダルかコンバース履いてるという「抜け感」のあるファッションだ。
これな‥‥。すごくわかるわ。50代半ばの私でも。オシャレ過ぎず、さわやか過ぎず、無難過ぎずの絶妙なライン。普通〜痩せ形でないとちょっと厳しいかもしれないが。


無造作黒髪・無造作白シャツ男の元祖は、おそらく豊川悦司だと思う。
1995年のTBSドラマ『愛していると言ってくれ』の中で、豊川悦司が演じた聴覚障害者の絵描きの青年が、いつも無造作な黒髪(当時だから少し長め)に、白いシャツを無造作にはおって登場していた。パンツはチノパンではなく黒やグレーのどうってことないイージーパンツで、足下はたしかサンダルというかビーサンみたいな履物だったような(記憶曖昧)。
一歩間違うと浮浪者にも見えそうな、きめ細かく演出された無造作、無頓着である。「抜け感」はもちろん、セクシーで尚かつ妙に”母性”を刺激する恰好だった(まあ豊川悦司だから)。



https://www.showtime.jp/tv/tbs_od/drama/aishiteiru/


このドラマは、DREAMS COME TRUEの歌った主題歌『LOVE LOVE LOVE』の大ヒットもあって、手話を習う人が急に増えるくらい影響力があったが、半分以上は女性視聴者が無造作白シャツの豊川悦司を鑑賞するためのドラマだった。あまりに人気が出て、美術系予備校や美大の学生などで、服装だけ俄・トヨエツをやっている男子もチラホラいたものだ。
「大人の女が好む」と東村アキコが断言するこのトヨエツスタイル(と勝手に命名)、最近ではアニメ『おおかみこどもの雨と雪』の「おおかみおとこ」に受け継がれているんじゃないか? と思って画像を確認してみたら、白シャツじゃなくて白Tシャツだった。でも全体の雰囲気は非常に、あのドラマの豊川悦司っぽい。


ここまで書いてきて私は、35年ほど前に見たある写真を思い出した。東京で大学に通っていた1980年頃、『シティロード』だったかもっとマイナーなタウン誌だったか忘れたが、街角男子スナップみたいな特集の、渋谷や新宿や原宿の路上で撮られた若い男性の、白黒の小さい写真がズラッと並んでいる中にあった一枚。
記憶で描いてみる。



写真の下のキャプションには、「この後家殺し!」とあった。
他の人に比べると全然カッコ良くも何ともない、むしろうらぶれた感じの20代前半の男子。「抜け感」というより、言っては悪いが「間抜け感」が漂っていた。でも「後家殺し」のフェロモンは、なんとなくだが20歳の私にもわかった。今思えばあれは、トヨエツスタイルを先取りしていたのだ。
長年、あのタウン誌の写真の男性が何故記憶にしつこく残っているのか気になっていたが、これでやっとわかった。


『ヒモザイル』の中のアシスタントの人のリアクションにも出ていたが、男性の白のシャツと言うと、Yシャツをイメージするのはまあ普通だ。Yシャツは普通、スーツ、ネクタイとセットで着る。だから、スーツの上着とネクタイを取って、白のYシャツとズボンだけになっている男は、少し無防備に見える。だが「それが却ってイイ。バシッと決めたスーツ姿とは別の、隙のある感じに惹かれる」という女性は、結構いるんじゃないかと思う。フェロモンは隙から生まれるものだから。
『ヒモザイル』の「これが大人の女が好む「抜け感男子」だ!!!」のスタイルに実際、人気があるとしたら、スーツとネクタイを取った少し無防備な男の隙と色気、みたいなものを無意識のうちに利用しているからじゃないかと思った。