一日一回ファック

喧嘩と褒め殺し

腕に自信のある若い剣士同士が知り合って、
「お噂はかねがね聞いておりました。一度お手合わせをお願いしたい」
「望むところです」
となって、道場や河原などで一戦交えたりするシーンを、映画で時々見る。
そこで結構互角のいい勝負が繰り広げられ、ようやく一番終わって双方息を弾ませ額の汗を拭いながら、
「なかなかやりますね」
「そちらこそ。おみそれしました」
と互いの健闘を讃え合う。
そして二人は友人となるのである。


闘って友達になる。男だけに許された特権だ。
私はこれがうらやましい。女にこういうことは滅多にないのではないか。


オシャレに定評のあるナントカ小町が二人出会って、正々堂々と
「お噂はかねがね聞いておりました。一度お手合わせをお願いしたい」
「望むところです」
となるだろうか。
「あら、あの柄はもう流行遅れなのに」
「なにあの下品な着こなし。田舎者ね」
と心の中で呟きながら、
「まあ高価なお召し物」
「あなたの帯も素敵」
なんて、心にもないお世辞を言い牽制し合うのではないだろうか。


pal-9999氏の「三面記事」第二弾の後半で、「女性文化の「褒め褒めコミュニケーション」と男性文化の「ファックコミュニケーション」」(「ファック」は罵倒語の方。セックスではない)というまとめ方がされているのを見て、男性は喧嘩の中で同性同士の友情を育み、女性は褒め殺しの中で同性の敵を作らないようにしてきた歴史的な経緯が、コミュニケーションの性差を形成してきた面は当然あるのだろうと思った。


戦争を初めとする権力闘争はホモソーシャルな集団の結束を促し、戦闘力、勇気、決断力といったものが互いの能力や人格を測る要となり、日常的な「喧嘩」はそれらを高める重要なコミュニケーションとなる。毎日同志達と「喧嘩の練習」をすることで、切磋琢磨しより結束を高めるのである。そこで「褒め褒めコミュニケーション」なんかしてたら、戦争に勝てない。
多くの西部劇や任侠映画では、味方同士の男達が喧嘩を通して友情を深める「ファックコミュニケーション」の原型がたびたび登場した。現代劇では『ファイト・クラブ』が、男の喧嘩そのものに焦点を当てている。大島渚の『御法度』には、「ファックコミュニケーション」の中のホントの「ファック」まで描かれた。
スポーツには、味方のみならず敵を讃える習慣があるが、それも元は戦闘慣れしてきた男の文化だろう。


ホモソーシャルから弾かれた女性達は同性同士の共同体で、互いに「喧嘩」する理由がとりあえずはない。子供を産み育て安定的な日々の生活をキープしていくためには、隣人との友好的な関係を保つことが重要となる。
「お醤油が切れちゃったの。ちょっと貸して下さる?」
「じゃあ一本勝負を決めてから。裏の河原で明朝六時に」
などとやっていてはくたびれるし、日常生活に支障が出る。
「お庭、いつも奇麗にしてらっしゃるのね」
「ただの菜園よ。あ、このエンドウ豆でき過ぎちゃったから持ってかない?」
「悪いわね。じゃウチのトマトお裾分けするわ」
「褒め褒め」は実利を伴う。無駄に褒めているのではないのである。
「ところでここだけの話だけど、裏の奥さんてすごいケチで人付き合い悪いんですってね」
「らしいわねーヒソヒソ」。
「褒め褒め」は、排除も伴う。


闘いで勝者となった男性には、女性達が集まる。と言うより、勝者がその権力によって、より多くの女性を集めることができた。
その女性の共同体、たとえば大奥や後宮といったところでも、女性達は「褒め褒めコミュニケーション」で牽制し合い、それぞれのポジション確保に必死になった。
しかし一旦その共同体の均衡が崩れて「女の闘い」が前面化すると、それは物理的な力できっぱりと決着をつける「男の闘い」よりも、捩じれたドロドロしたものになったかもしれない。
なんだか女性のコミュニケーションの方をことさら貶めた書き方をしているようだが、男が己の支配圏の拡大を狙った闘いなどに明け暮れたりすることがなければ、女も残された女同士でやたら集まってお世辞を言い合ったり、水面下で脚を引っ張り合ったりすることも少なかったのではないか。
最近は女の友情ものが流行りだが、一方で「女の友情は男の友情より脆いものだ」という、友情に篤いタイプの女にとっては歯ぎしりしたくなる言葉も根強くある。


女の勝負を決められるのは、かつては勝者の男であった。最終的に誰が一番寵愛を受けているかはっきりすれば、そこで喧嘩を終わりにせざるを得ない。
男は男同士の喧嘩で、自分の意地とプライドを賭けて実力勝負できるのに、女は結局男の判断を仰がねばならなかった。男の暴力志向の元では、女は永遠に惨めな存在だった。

罵倒し合う男たち

マッチョな男が少なくなり、権力闘争が武力勝負から政治な駆け引きへと変化し、処世術としての「褒め」の効果が広く宣伝されても、「ファックコミュニケーション」「褒め褒めコミュニケーション」はジェンダーとして生き残っている。
そこに参加するにせよこぼれ落ちるにせよ、誰しもある程度は体験していることなので、この手の話は盛り上がる。


専門学校で学生達を見ていても、やはりそれぞれのコミュケーション傾向の違いは如実に感じる。
出会い頭にいきなりボクサーのように身構えて、荒っぽい戯れ合いをする男の子。
「ざまーみろ」
「くそったれ!」
が自然と出てくる男の子。
オシャレな女の子集団は、しょっちゅう互いの服やヘアを
「可愛いー」
「えーそう? マユちゃんも可愛いよー」
「今日はいまいちなんだー」
「そんなことないってー」
と褒め合っている。傍にいると、私までその集団に引き込もうとする。
「先生、そのバッグ可愛いー。どこで買ったの?」
私も同性に対しリアルではどっちかというと「褒め褒めコミュニケーション」の人で、若くてオシャレな女の子も大好きなので、通りすがりに「今日も可愛いの着てるね」などと軽く言ってしまう*1が、ちゃんと「先生もね」とお返しが返ってくる。もう、あ・うんの呼吸。
しかしこれが同世代で毎日続くとなると、ちょっと鬱陶しいだろうなと思う。事実、学生時代の私はそういうのが苦手な方だった。


大人の男性でも親しくなると「ファックコミュニケーション」をする人がいる。また身近な例で申し訳ないが、夫と友人のT氏がそうだ。
T氏は店にあまりお客さんがいない時、よく夫に電話してくる。
「なに?今ヒマ?‥‥俺に会えなくてそんなに寂しいの?‥‥嘘つけって。まあ可哀相な人だなあんたは。しょうがねえな、ほんならちょっと行ったるわ」
夫の携帯の向うでT氏が「ごちゃごちゃ言わんとサッサと来い!」と笑いながら怒鳴っているのが聞こえる。
店に行っても、イヤミと悪口の応酬である。
「このマグロ、鮨屋みたいにうめえな」
「もともと鮨屋だバカヤロー」
「今日はなんかヤなことあったんか」
「そうだな、○○君(夫のこと)の顔見たことかな」
「ま、カラオケスナックでまた歌教えたるわ。少しは点数取れるようにな」
「その前に、いつも僕の耳元で歌うのはやめてくれ」
「あんたに教えてやってるのがわからんの?」
「僕はキミの歌なんか聴きたくないの、おねえさんと話がしたいの」
「その歳でクドいても手遅れだわ」
「全然クドけん男よりマシだね」
「俺は女にはモテんようにしとるわけ。あんたにはわからんだろな」
「はは、モテんようにしとる?ただモテんだけでしょ。僕はキミとは違うから」
「あんたはただの女好き。それはモテるとは言わんの」
初めてのお客さんなどがいると、目を丸くしている。T氏は「すいませんね、お聞き苦しくて。この人とはいつもこういうふうなんで、どうぞお気になさらず」とお客さんに言っている。
カウンターごしのド突き合いを一通りしてから、夫が
「ま、今日のところはこのくらいで勘弁しといたるわ」
と言い、T氏が
「またそのパターンか。たまには別のを頼むわ」
と返し、やっと普通の世間話となる。


私は親友の女性とでも、こんなやりとりはできない。そこまでやれている女性はやはり小数派だと思う。
だからテレビのバラエティで互いに気持ちよくケナし合う女芸人や、女性タレント達が歯に衣着せぬ悪口を言い合う番組に、女性の人気が集まるのだろう。
あれは「ファックコミュニケーション」と言うより、レベルの低い脚の引っ張り合いの見せ物に見えるが、そういうものを見てゲンナリしながらも笑えるとしたら、「褒め褒めコミュニケーション」に疲れているせいかもしれない。


さて、T氏と夫が違うのは、女性への対応である。
T氏は女性を褒める言葉を惜しまない。客商売のせいもあるだろうが、プライベートでも大変女性に優しく親切で、持ち上げ方が上手い。しかも言い方がサラッとしていてユーモアがあり、お世辞とわかっていても悪い気はしない。T 氏はちっともイケメンではないが、若い頃からよくモテたようだ。
どうしてそんなに難なく「褒め」ができるのか訊いてみると、「女の人との関係では、常に自分が誘導している感じでいたいから」だそうだ。女性に褒め言葉を惜しまず、いい気持ちにさせて、自分に好意を持たせる。女性を立てながら、実は自分が全体を仕切っているという感覚を求めているらしい。
「たぶんそうでないと、僕は不安なんだろね」とT氏は言っていた。つまりT氏の「褒め褒めコミュニケーション」は、かなり男性的な支配欲、全能感に基づいているように思えた。


夫は、罵倒となると俄然生き生きするのに、「褒め褒めコミュニケーション」は苦手な人である。だから予備校でも、女子生徒の人気はあまりないようだ。若い頃から、女の子を褒めることを「下心があるみたいで嫌だ」と思っていたらしい。もしかして下心満開だったがゆえに、それを打ち消すために余計に強くそう思っていたのではないか。

*1:追記:こういうのも今は禁じられてますね